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10月8日 「ガンつけ」の脳科学的起源(10月1日号 Nature 掲載論文)

2020年10月8日

随分昔、友人の高井先生、竹縄先生と一緒に大分の学会に参加する途中、高崎山のニホンザルを見に行ったことがある。「猿と視線を合わさない様に」と注意書きをみて、逆に好奇心に駆られて3人で視線を合わせて見ようとしたが、サルの方が上手で、うまく外された様な記憶がある。さぞバカな3人組と思われたことだろう(「高井先生、竹縄先生、3人の秘密をバラしてごめんなさい」)。しかし、昨年ウガンダにチンパンジー、ゴリラを見に行った時は、流石に視線を合わせる度胸はなかった。

ところが、今日紹介するイスラエル ワイズマン研究所からの論文を読んで、猿をじっと睨みつけて反応を見るHuman Intruder Testと呼ばれる実験系があるのを知って驚いた。タイトルは「Shared yet dissociable neural codes across eye gaze, valence and expectation (ガンつけ、誘発性、そして期待に共通する、しかし分離可能な神経コード)」で、10月1日号のNatureに掲載された。

この研究は最初から他の個体との社会的関係の評価が、身体的快、不快の感情の神経学的表象から生まれてきたという仮説をたて、これを脳科学的に証明する目的で行われている。

このとき、社会関係の評価としてサルに「ガンをつける」Human Intruder Testを用いて、じっと見られたときの脳活動と、相手が視線を逸らしたときの脳活動を、水が出てきて喜ぶ時と、空気が顔に当たって不快に感じるときの脳活動と単一ニューロンレベルで比べ、それぞれの反応に共通性があるか調べている。このとき、シャッターが開いて身体的快不快を期待するよう条件づけた状況と、全く条件付けなく快、不快が与えられる状況で神経活動記録を取っている。

脳活動の記録方法だが、古典的な電極を一本づつ猿の脳領域に差し込んで記録する方法で、同じ領域の神経細胞を何箇所も調べデータ解析を行なっている。このとき社会性や快不快に関わる脳領域として、前帯状皮質と扁桃体を選び、それぞれの反応時に起こる神経活動を記録している。

この様な古典的手法を用いた研究手法は、様々な推計学的手法を用いた複雑なもので、正直完全に理解できているかおぼつかないので、エッセンスだけをまとめると以下の様になるだろう。

まず、サルにとってガンをつけられるインパクトを表情や心拍数で調べると、期待通り睨まれると不安が高まり不快に感じる一方、目をそらされるとホット安心して快感を感じているのがわかる。

次に、これらの反応時の神経活動を調べると、条件づけの有無にかかわらず、快、不快に対して、前帯状皮質、扁桃体ともに神経が反応する。しかし、社会的な快、不快の誘意性には扁桃体のみが反応し、前帯状皮質神経は反応しない。すなわち、扁桃体だけが社会的な快、不快に関わる。

そこで扁桃体に絞って、身体的快、不快に反応する神経と、睨み合いの様な社会的快、不快に反応する神経の反応性を一本づつ調べ、それぞれの反応の共通性を調べると、快不快は身体的、社会的ともに共通の回路を共有していることがわかった。ただ、社会的快不快は、条件づけられた身体的快不快に反応する神経と共通の回路を共有しているが、条件づけられていない時の身体的快不快とは相関しないことがわかった。

この説明だけではわかりにくいと思うのでさらに短くまとめると、社会的快不快に反応する脳回路は扁桃体に形成され、身体的快不快の神経と共通の回路を使っている。ただこの共通性は、条件づけられた身体的快不快を期待するよう回路形成された場合で、単純な身体的快不快自体に対する反応とは区別されるという結果だ。

要するに、身体的快不快がなんらかのきっかけで条件づけられることは普通に見られることだが、これが社会的快不快を決める脳回路へと進化したという話になる。

わざわざわかりにくい論文を紹介したいと思った最大の理由は、論文を読んでいて、道徳や倫理といった社会的規範も、結局は身体的快不快の感情から来ると喝破したスピノザを思い出したからだ。おそらく著者らの頭にもスピノザはあったのではないだろうか。

スピノザが出たついでに一言。これまで書いてきた「生命科学の目で読む哲学書」は長く新しい文章をアップロードしていないが、17世期という科学にとって重要な世紀に入ったことから、この世紀の哲学3巨頭、デカルト、ライプニッツ、スピノザをまとめて数冊づつ読んでいるための遅れで、その作業もそろそろ目処が立ち、3人の立ち位置も自分なりに整理できたので、もう直ぐ再開できると思う。


  1. okazaki yoshihisa より:

    ヒトは“背後からの視線”を感知できるみたいですが、これはどうしてなのえしょうか?
    『生命科学の目で読む哲学書』大変楽しみにしています。

    次回の3巨頭:デカルト、ライプニッツ、スピノザは、ユーラシアの最果て日本では、
    数学者・哲学者として紹介されることが多く、3巨頭が“生命”をどのように捕らえていたのか。。。。
    この切り口は新鮮な視点を提供してくれそうで興味をそそられます。

    1. nishikawa より:

      Nature volume 586, pages95–100(2020) です。

  2. Link より:

    Where is the link to the paper??

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