腸内細菌叢の影響は様々な生体機能に及び、まさにもう一つの自己として私たちの多様性を決めていることはよくわかっている。しかし今日紹介するノースカロライナ大学からの論文を読んで、放射線への抵抗性までが腸内細菌層の違いで決まるのかと驚いた。 タイトルは「Multi-omics analyses of radiation survivors identify radioprotective microbes and metabolites(複数のオミックス解析による放射線生存個体の解析から放射線抵抗性に関わる細菌叢とその代謝物が明らかになった)」で、10月30日号のScienceに掲載された。
この研究の始まりはSPFで飼育している純系マウスに致死量放射線を照射したとき、600日以上生き残る集団が約10%程度存在するという発見に始まる。実際には、多くの研究者が同じ様な経験をしていたと思うが、一種の確率問題の様に考えて、その原因を探ろうとはしてこなかった様だ。
このグループは、ひょっとしてこの原因が腸内細菌叢の違いにあるのではと着想して、長期生存を果たしたマウスの細菌叢を調べると、正常と大きく異なっていることがわかった。さらに、長期生存したマウスのケージで正常マウスを飼育することで、生存マウスの細菌叢を移植する実験を行い、細菌叢が放射線抵抗性の原因であると結論している。
次は、細菌叢の違いを分析し、抵抗性につながるLachnospiraceae, enterococcus faecalis, Lactobacillus rhamnosus, Bacterioides fragilisの、それぞれ二十種類前後の種を含む属 を特定し、それぞれを正常マウスに移植して抵抗性を調べると、Lachnospiraceae属が一番高い活性があることを示している。
次に、これらの細菌により抵抗性が付与されるメカニズムを調べ、一番大きな要素は血液幹細胞の自己再生能力が守られること、特に放射線照射による活性酸素の産生が幹細胞で抑えられることにより、放射線抵抗性が生まれることを示している。
同じ様な現象が人間でも見られるのかを調べるため、白血病治療で放射線療法を受けた患者さんの副作用の程度と、腸内細菌叢が相関するかどうかも調べ、先に特定した四種類の属が高い患者さんほど、下痢などの副作用が軽く終わることを示している。
最後に、細菌の代わりに、細菌の代謝物で同じ様な効果を得られないか調べ、細菌が分泌する短鎖脂肪酸、特にプロピオン酸が高い効果を持つこと、またトリプトファン代謝物のIndole 3 carboxaldehiydeやキヌレイン酸にも同様の効果があることを確認している。
この様にここの代謝物になってくると、出てくる役者は代わり映えがせず、また結果の解釈も複雑になってしまうが、これら代謝物をバランスよく合成する細菌を選んで投与しておけば、放射線による抵抗性が高まり、治療による副作用が低下する可能性を示唆しており、臨床的にも重要な発見だと思う。
1:放射線抵抗性につながるLachnospiraceae, enterococcus faecalis,Lactobacillus rhamnosus, Bacterioides fragilisの、それぞれ二十種類前後の種を含む属 を特定した。
2:一番の耐性付与機構は、血液幹細胞の自己再生能力が守られ、特に放射線照射による活性酸素の産生が幹細胞で抑えられることを示している。
3:ヒト白血病患者の治療で、放射線療法を受けた患者さんの副作用の程度と、腸内細菌叢が相関するか調べ、先に特定した四種類の属が高い患者さんほど、下痢などの副作用が軽く終わることを示した。
Imp:
腸内細菌叢と放射線抵抗性の関係も興味深いですが、
動物実験、メカニズム解明、ヒト臨床までが綺麗に繋がった“理想的研究”だとも感じました。