今日の時点で、Covid-19をキーワードにPubMedをサーチすると、72578編の論文がリストされる。一部は無関係な論文も含まれるだろうが、間違いなく7万は突破しており、科学者がはっきりとこの病気を知ってからまだ10ヶ月であることを考えると、驚異的な数字だ。この科学が、急速に進むワクチンや抗体薬など、Covid-19に対する迅速な治療法開発の背景にある。要するに世界の研究者が連合してCovid-19を研究しているのだが、そのことがよくわかる、しかもこれまで見たこともないようなスタイルで書かれた論文がScienceにオンライン掲載された。どのようにして集まったのか想像もつかない9つのグループが英米仏独伊の5カ国から集まり(なにか第二次世界大戦の連合国と枢軸国が集まった感があるが、残念ながら我が国の参加はない)、それぞれが専門を生かして3種類のウイルス、特にそのnon-structural proteinとホスト側の分子との相互作用について比較して、結果をコンパクトにまとめて一つの論文に仕上げた、これまで見たこともないような論文だ。もちろんそれぞれの結論の一部は、別の論文として目にしているが、しかし、Covid-19が他のコロナウイルスとどう違うのかよく聞かれることがあるので、大変役に立つ論文になっている。タイトルは「Comparative host-coronavirus protein interaction networks reveal pan-viral disease mechanisms (ホストとコロナウイルスとの相互作用ネットワークの比較によりウイルス共通の疾患メカニズムが明らかになる)」だ。
それぞれの節について、面白い点のみ抜き出して紹介する。
- コードされているタンパク質:3種類のウイルスのタンパク質は予想通りよく似ているが、Orfと呼ばれるアクセサリー分子は大きく異なり、これがウイルス間の違いに大きく寄与している。
- コロナウイルス分子の細胞内局在:Nsp13のように、MERSと2種類のSARS と大きく変化しているタンパク質があることは、ウイルスとホストの相互作用の様式が変化し続けていることを示唆する。ただ、3種類のウイルス分子で細胞局在の差は極めて小さい。
- 相互作用するホスト分子のオミックス:ウイルス分子と相互作用するホスト側の分子を網羅的にリストして、それぞれのウイルスの共通性と差異を調べると、当然ながらMERSと2種類のSARSの間の差ははっきりとしており、基本的にウイルス分子の配列の差異が、ホスト分子との相互作用に反映していることがわかる。面白いのは、MERSとCov-1の間で似ていて、Cov-2では異なるホスト分子だが、これらは翻訳開始とミオシン関連分子に集中しており、Cov-2研究にとっては重要なポイントになるように思える。
- Differential interaction scoring: このようなホストタンパク質との相互作用を量的に表現することが可能だが、これで見るとCov-1とCov-2の差はほとんどない。一方SARSとMERSは大きく異なることが確認できる。この違いを生み出すホスト側の分子は興味深いが、ここでは割愛する。
- 機能的遺伝学を用いた解析:ノックダウンやクリスパーを用いて、遺伝的にウイルス機能に関わるホスト分子の探索が可能だが、この研究からいくつかの面白いホスト側の分子が発見され、これらについてさらに解析が以下に示すようにさらに進められた。
- Orf9とTom70: Tom70はミトコンドリアに存在するホスト分子で、ウイルス感染により細胞をアポトーシスに誘導してウイルス増殖を防ぐ働きがある。このTom70にCov-1、Cov-2のOrf9は結合するが、MERSのOrf9は結合しない。ウイルス側から考えると、細胞は生かさず殺さずが最も都合がいいので、2種類のSARSはTom70まで標的にしてこれを実現している。
- Tom70/Orf9の構造解析:Tom70についてはクライオ電顕を用いた構造学的解析を行っている。この結果、Tom70のインターフェロン誘導に関わる機能やミトコンドリアへのPTENなどの輸送への関与が示唆され、今後これらの可能性を機能的に調べる必要性が示唆された。いずれにせよ、「生かさず殺さず」のための重要な相互作用であることは明らかだ。
- Orf8とIL-17RA: IL-17は言わずと知れた、炎症性サイトカインの親玉だ。その受容体IL-17Aも一部は分泌型として、IL-17と結合して炎症を抑える。このIL-17RAとCov-2のOrf8だけが結合することも、サイトカインストームのタイプを考える上で極めて興味深い。じっさい、Orf8が欠損したウイルスが単離され、炎症の程度が弱いことが知られている。また、IL-17RAが高い患者さんは、軽症で終わることも知られている。個人的には、最も面白い現象だった。
- プロスタグランジンE2合成酵素とSigma1:3種類のウイルス共通に相互作用する分子としてタイプ2プロスタグランジンE合成酵素とSigma-1受容体が発見された。これらの分子は既に阻害剤が存在し、治療に使われている。そこで、タイプ2プロスタグランジンE合成経路阻害剤インドメタシンを処方された外来患者さんとそうでない患者さんを比較しており、インドメタシンが重症化を抑える効果があることが確認された。また、Sigma-1阻害剤は精神科の患者さんで使われており、この阻害剤の使用と入院率との関係も調べている。結果はインドメタシンと同じで、sigma-1を投与されている患者さんでは、Covid-19にかかっても入院する率が半分以下に減っている。
以上、ウイルスとホストのタンパク質の相互作用の包括的解析から、面白い分子相互作用を抜き出し、治療可能性に至るまで示した、大変勉強になる論文だ。当分座右において、折に触れ見てみたいと思う。
コロナ関連論文は間違いなく7万は突破しており、科学者がはっきりとこの病気を知ってからまだ10ヶ月であることを考えると、驚異的な数字だ!
Imp:
先日は、ファイザー+BionTecのmRNA型ワクチンの“明るいニュース”も流れました。
来週あたり、ーニングポントが訪れるのか??