昨年は相分離についての研究が目についた。特にエンハンサーでの転写因子集合から細胞接着、皮膚の果粒層、そして抗ガン剤の効果まで、多くの現象を相分離と関係して説明する研究が多かった。ただ、夏以降は新型コロナ論文に押されて、目にする機会が減った気がしていた。
その意味で今日は久しぶりに転写調節と相分離の論文について紹介する。転写と相分離研究の大御所MITのRichar Youngのグループの研究で1月7日号のCellに掲載されている。タイトルは「RNA-Mediated Feedback Control of Transcriptional Condensates (RNAによる転写凝縮のフィードバック調節)」だ。
この研究が注目したのは、転写時に合成される逆向きの短いノンコーディングRNAの役割だ。これまで、この様なRNAが転写を上げたり下げたりする可能性が示され、クロマチン構造の変化を誘導する可能性などが示唆されていたが本当のところのメカニズムはよく分かっていなかった。この研究では、この短い RNAが濃度依存的にポリメラーゼを含む転写複合体の相分離形成を調節することで、転写調節部位への複合体のロードを促し、その後濃度が上がると相分離が解消し、開始点からの転写複合体が遊離され転写が進むというシナリオの可能性を調べている。
まず、転写開始点とアクチベーターをつないでいるMediator分子に、エンハンサー領域で転写された短いRNAを加えると、濃度依存的にMediatorが相分離を起こすことを確認する。さらに、この相分離がRNAの特異的配列によって調節されているのではなく、RNAの化学的性質に単純に依存して起こっていることを確認する。
この二つの結果は、エンハンサーとプロモーターが集まる部分で合成されている短いRNAがmediatorの相分離を促すことで、ポリメラーゼを含む転写コンプレックスが集められることを示している。
ただ、このままだと転写マシナリーはそのまま相分離された凝縮体の中に捕捉されたままになる。この問題に対し、Youngらはこのとき徐々に短いRNAの量が上昇してくると今度は相分離構造が解消され、これにより転写マシナリーが解放され、転写が進むと考えている。これを証明するために、Medicatorが相分離するとき短いRNAの量を増やすと、相分離が起こらないことを確認している。
あとは、試験管内の転写系を用いて、この様な現象が見られるか確認する実験を行い、試験管内で観察される相分離体の形成が転写効率に関わり、そこに外部から短いRNAを加えると相分離が壊れ転写効率が低下することを示している。
最後に同じシナリオが細胞内でも起こっているかを確かめるため、蛍光標識したmediatorを発現させた細胞で転写開始点での相分離をモニターできる様にし、そこに短いRNAの合成を止めるアクチノマイシンやDRBを加えると、相分離体が安定化してしまうことを示している。
最後に、レポーター分子(ルシフェラーゼ遺伝子)の開始点で短いRNAの合成量を変化させられるコンストラクトを導入した細胞で、実際にRNAが低いところで相分離体が形成され、高くなると相分離体が解消されることを示している。さらにこのとき発現させるRNAの長さを変えて相分離との関わりを調べることで、最初短いRNAが合成されるとMediatorの相分離が促され、時間が経ってRNAの濃度が上昇し、また長いRNA が転写されると相分離体が解消されやすいことを示している。
以上が結果で、いつもながら自分が学んできた転写調節に、新しい視点を与えてくれるさすがと思わせる論文だった。と言っても、この分野のプロから見たら、まだまだ概念先行に見えるのではと思う。しかし、細胞の中でどれほどの数の相分離が進んでいるのか、ちょっと心配になってきた。
1:短い RNAが濃度依存的にポリメラーゼを含む転写複合体の相分離形成を調節し転写調節部位への複合体のロードを促す。
2:その後濃度が上がると相分離が解消し開始点からの転写複合体が遊離され転写が進む。
Imp:
昨年、このコーナーで相分離を知り、Christopher
Langton先生の言葉を思い出しました。
『生命は、固体と液体間の相転移現象を起こす付近で発生したと考えられる』
(Christopher G. Langton. “Computation at
the edge of chaos”. Physica D, 42, 1990年)