Diapauseという言葉をご存知だろうか。Wikipediaで見ると、”delay in development in response to regularly and recurring periods of adverse environmental condition” と定義しており、基本的には発生途中で環境が悪化したとき、改善するまで発生が止まることを意味する。
実はこの言葉はES細胞を利用したことのある研究者には馴染みが深い。というのも、ES細胞の維持に必須で発生にも絶対必要だと思っていたLIFを欠損したマウスを作成しても、特に発生に異常は起こらないのだが、マウスをストレス下に置いたときに起こるDiapauseがうまく起こらないため、胎児が流産するというAustin Smith 達の論文に驚いた経験があるからだ。もちろんストレスが去れば、そのまま発生は再開される。
このdiapauseがガンでも起こっていることを示したのが今日紹介するトロント大学からの論文で1月7日号Cellに掲載された。タイトルは「Colorectal Cancer Cells Enter a Diapause-like DTP State to Survive Chemotherapy (大腸癌細胞は化学療法に耐えるためにdiapauseの様な薬剤耐性段階に入る)」だ。
この研究は、患者さんの大腸癌を免疫不全マウスに移植して増殖を調べる実験系で一般的に用いられる化学療法を行い、化学療法抵抗性のガン細胞が発生するメカニズムを調べるという、方法論としてはこれまで何度も用いられた、特に新味のない研究と言える。
ただこれまでこの様な研究から示されたのは、ガンの幹細胞モデルと呼ばれる考え方で、未熟な増殖しない幹細胞は薬剤耐性で、この段階で薬剤感受性が失われた新しい変異細胞が生まれ、増殖を始めることでガンが再発すると考えるモデルだ。
この研究ではイリノテカンを含む化学療法に対する大腸癌の反応を調べるうちに、治療初期段階で見られる耐性細胞は、幹細胞といった特殊な段階に集約されるのではなく、多様な細胞が一時休眠をしている可能性に気づいている。すなわち、幹細胞に集約する階層的なモデルではなく、全てのガン細胞が化学療法に対して一時的に休眠状態に入る、すなわちdiapauseモデルが起こっていることになる。
これを確かめるため、それぞれのガン細胞にレトロウイルスでバーコードを挿入し、化学療法による休眠で、バーコードの多様性が維持されるか調べている。もし幹細胞モデルなら、特定のバーコードに集約することが考えられる。答えは期待通りで、バーコードの多様性は化学療法によっても維持されることがわかった。すなわち、全ての多様な細胞がそのまま休眠期に入る。
後は休眠期のガン細胞の遺伝子発現を調べ、マウス胚盤胞期におこるdiapauseと同じ様な遺伝子発現プロファイルが見られることを示して、これが確かにdiapauseに対応する状態であることを確認している。
最後はメカニズムだが、例えば胚盤胞期のLIFの様な因子は残念ながら見つかっておらず、何がスイッチを入れるのかについては明らかでない。ただ、胚と同じで、mTOR経路が抑制され、代謝から増殖まで様々な分子の発現が低下していること、逆にこれを埋めるためのオートファジー機構が亢進していることを明らかにしている。また、mTOR阻害剤で同じ様にdiapause状態を誘導できることから、おそらくこの上流にある何かがガンのdiapauseのスイッチを入れているのだろう。実際、様々な癌で、化学療法を行うとdiapauseの遺伝子発現スコアが高まることも示しているが、スイッチは明確にはなっていない。
話はこれだけだが、もし多くのガンでdiapauseが治療初期に見られ、これがガンの薬剤耐性に関わるなら、この時期のdiapauseを抑制する方法の開発は、化学療法の効果をさらに高めると期待できる。この研究では、オートファジーの抑制がその鍵になると示唆しているが、これまでの研究を見るとこれだけでは足りないだろう。是非diapause自体のシグナルを見つけて、新しい治療法につなげてほしい。ひょっとしたらLIF?
幹細胞に集約する階層的なモデルではなく、全ての癌細胞が化学療法に対して一時的に休眠状態に入る、すなわちdiapauseモデルが起こっているようだ
Imp;
化学療法剤抵抗性の獲得。。。
ガン幹細胞だけでなく、多様な段階のガン細胞で生じている可能性あり。。。。
これはこれで納得できる話だが、そうはいっても造腫瘍能も薬剤耐性も高い一部のポピュレーションが腫瘍組織中に存在していることはこれまでも何度も確認されてきたわけで、結局の所そちらをなんとか出来ないのであれば有効な治療法にはなりえないということに変わりがないのでは。。?
おっしゃる通りです。そのためか、治療実験はできていません。ただ、オートファジーが単純に幹細胞だけの問題でないことがわかったことは評価できるのかもしれません。いずれにせよ、直す方法を見つけてなんぼです。