今回の新型コロナ感染に関する研究の世界の動向を眺めていると、我が国では今も免疫学の主流がマウスを用いた研究で、結果新型コロナウイルス感染した人たちの免疫反応を詳しく調べる体制ができていなかったことがわかる。このことは、以前からこのHPでも指摘してきたが、基礎研究が軽視されているという我が国で、人間についての研究が遅れているのは不思議な現象だ。
逆に現在のヒト免疫学を代表するのが、T細胞遺伝子クローニングで有名な分子生物学者M.Davisで、新しく開発された様々な分子生物学的技術を駆使して人間の免疫機能を解析し発表しているのを見ると、一種の感動すら覚える。
そのM.Davisにとって、人間の免疫学を研究するときの様々な制約を突破することは最大の課題で、特に免疫反応が行われる座と言えるリンパ組織を扱いたいと強く望んでいたことは想像に難くない。今日紹介するスタンフォード大学M.Davis研からの論文は、この念願が不十分であっても叶いそうだということを示す研究で1月号のNature Medicineに掲載された。タイトルは「Modeling human adaptive immune responses with tonsil organoids (扁桃のオルガノイドを用いてヒトの適応免疫反応のモデルを作る)」だ。
しかし一つのエポックを作った分子生物学者が、今度はオルガノイド培養の開発を試みているのも感慨が深いが、そのために現在でも様々な理由で行われている扁桃摘出で得られる組織を使うとは、目の付け所に感心する。
そして、扁桃組織細胞の浮遊液を作成して凍結しておき、その細胞を溶かしてトランスウェルと呼ばれる二重構造の培養皿で凝集させて培養する方法を開発する。この培養で凝集させる過程にインフルエンザ生ワクチンを加えて、そこで起こる免疫反応を、様々な生化学・分子生物学的テクノロジーを用いて検出している。
結果だが、トランスウェル内では不思議なことに扁桃細胞は自然に凝集塊を形成し、そこには抹消免疫組織で見られるほぼ全ての細胞が存在し、抗原に対して新しい免疫反応が誘導され、抗体が作られるとまとめられる。もちろん免疫学の新しい概念が生まれるというわけではないが、期待していることがしっかり再現できることがこの研究の主目的で、それはクリアできている。
残念ながら、これまで末梢血を用いた試験管内抗体反応と比べて何が違うのかについては、もう少し議論してほしいところだが、特にサイトカインを加えることなく、抗体が誘導され、しかも抗体の親和性が高まっていくこと、また、インフルエンザ特異的リパートリーが拡大するとともに、クローンの進化やスイッチも起こることが観察できること、そして何よりも試験管内では再現が難しい肺中心の様な構造が形成され、しかも抗原で刺激したとき、胚中心型のB細胞が維持されることなど、かなり満足できる水準に達していると言える。
さらに、かって摂取されたワクチンに対する反応も見ており、期待通りいわゆるメモリー型の反応を誘導できること、また全く新しいタンパク抗原に対する免疫反応誘導に必要なアジュバントの性能を確かめるのにも使えることも示し、今後ヒト免疫組織の反応を調べるためのモデルになると結論している。
そして最後の仕上げとして、新型コロナウイルスのアデノウイルスベクター型ワクチンに対する反応も調べ、スパイクなど異なる抗原に対する中和抗体を含む抗体反応が誘導されることを示している。残念ながら、今注目のRNAワクチンに対する反応は調べられていないが、筋肉注射されたワクチンがすぐにリンパ節で反応を誘導することがわかっていることから、是非調べてほしいと思う。
以上、M Davisの人間の免疫反応解析への執念がひしひしと伝わる論文だった。
扁桃オルガノイドでヒトリンパ組織の再現!
このコーナーの影響でガン免疫でもリンパ組織が肝の一つ!と思うようになりました。この技術の展開が面白い!