人間に抽象的なシンボルを用いてコミュニケーションを可能にする言語能力が、生まれつき備わっていることを示す最も雄弁な例が、ニカラグアで親から捨てられ、何の教育も受けずに暮らしていた聾唖のストリートチルドレンが、施設に収容された時、自然にその施設全体で共有される手話が発生したことで、現在もなお言語発生の謎を探ろうと研究が続いている。この例から想像できるのは、抽象的なサインを理解するための脳領域が生まれつき存在し、言語がどのようなインプットで入ってこようと、信号はこの領域で処理され、理解されることになる。したがって、音を通して入ってくる言語も、手話などのサインを通して入ってくる言語も、最後は抽象的サインを処理する同じ領域で処理されると考えられ、両方の言語を理解する時活動する脳領域を比べる研究が続けられている。
今日紹介するドイツ・ライプチヒのマックスプランク人類認知脳科学研究所からの論文は、これらの研究から生まれた機能的MRIのデータを再解析した研究で2月号のHuman Brain Mappingに掲載された。タイトルは「Functional neuroanatomy of language without speech: An ALE meta-analysis of sign language(音を用いない言語の機能的神経解剖:手話のALEメタ解析)」だ。
当然手話を理解するとき活動する脳領域の研究は進んでおり、口頭言語と同じ領域の多くが共通に使われていることも知られている。この研究では、そのような論文で公開されている機能的MRIデータを、タイトルにもあるactivation likelihood estimation(ALE)と呼ばれる、異なる測定画像のボクセルを同じ座標に調整し直し、反応の確率マップを作成する方法を用いて、手話、身振りによるコミュニケーション、そして口頭言語を理解するとき活動する脳領域を調べ直している。
結果をまとめると、
- 手話の認識には、言語に関わる最も有名なブロカ領域(BA44、BA45)が両側で動員され、他にもいくつかの領域が関わる。
- BA44、BA45は当然だが、これらの領域のいくつかは口頭言語でも反応が見られる。同様に、身振りの理解に関わる領域と共通の領域も特定できる。
- 両側のBA44、BA45が反応するが、反応の程度から、口頭言語と同じで、左脳優位の処理が行われ、特に抽象的なサインの理解に関わるBA44は完全に左脳のみ使われている。
これらの結果を総合して、手話の理解について次のようなシナリオが示されている。
聾唖の方が手話を理解するとき、視覚信号はブロカ領域を中心に両側の脳半球で処理され、そこで抽出された抽象的サインについては、左脳のブロカ領域他で処理される。特に最初の処理で動員される右脳のブロカ領域は、手話の認識にのみ働いており、口頭言語処理では、上側頭回の役割に相当する。
以上、言語に関わる脳の研究も着実に進んでいる。
視覚信号⇒ブロカ領域を中心に両側の脳半球で処理⇒そこで抽出された抽象的サインは左脳のブロカ領域他で処理される
Imp:
視覚言語の処理経路ですね。