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5月10日:シロクマの進化(5月8日号Cell誌掲載)

2014年5月10日
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ゲノム研究によって生物の種が分岐する過程がかなりの確度で理解できるようになって来た。分岐してそれほど時間がたっていない生物種を選んでゲノムを比べる事が今世界中で行われている。例えば、私たちとネアンデルタール人やデニソーバ人のゲノムを比べる事で、40万年前に分岐した後も交雑が起こっていた事などが確認できた。今日紹介する研究はシロクマとヒグマのゲノムを調べて、両者が分岐した後シロクマがより極地に適応して行った過程を明らかにしようと試みている。深センにあるBGIとアメリカやデンマークのグループの共同研究で5月8日号のCell誌に掲載された。タイトルは「Polulation genomics reveal recent speciation and rapid evolutionary adaptation in polar bears(集団ゲノム科学によりシロクマの種分化は最近起こり、また急速に適応進化を遂げた事が明らかになる)」だ。研究では世界各地からシロクマ、ヒグマのDNAサンプルを集め、全ゲノムを解読後、様々な情報処理方法を駆使して種分化の様々な問題にチャレンジしている。結果をまとめると、シロクマとヒグマが分岐したのは以外と新しく、約50万年前と計算できる。私たちがネアンデルタール人と別れた位の時間なので、人間とクマの比較は今後重要になるのではないだろうか。シロクマは30万年前急速に数が減少している。すなわち強い選択圧にさらされその間に極地への適応が進んだようだ。極地へと完全に移動するのは大体10万年前後で、それ以前にはシロクマからヒグマへの遺伝子流入が見られる。一方、ヒグマの集団サイズは比較的安定に保たれ、その後10万年位に急速に増大している。次に極地への適応に必要だった遺伝子を明らかにするため、ヒグマから大きく変化している遺伝子、即ち選択圧にさらされた遺伝子をリストしている。先ず、ApoB、LDLなど悪玉コレステロールと関わるとして心配する遺伝子がリストされてくる。シロクマの皮下脂肪は厚く、血中コレステロール値は高い性質に一致する変化だ。脂肪の高い食事を処理し、寒冷に耐える身体を作る事が極地への適応に重要であった事がわかる。一種適応的動脈硬化を起こしているように思えるが、事実それに対応するように心筋の機能に関わる遺伝子が変異しており、その中には心筋症の原因である事がわかっている遺伝子も含まれている。最後に無論メラニン産生に関わる遺伝子も変化する。私はこの分野は少しわかるが、色素に関わる遺伝子の中には生命機能に重要な物が多い。しかしシロクマではうまく重要性の低い遺伝子が選ばれ変異している。いずれにせよ40万年と言う短い期間にこの様な大きな動物が大きな遺伝子変化を遂げる事が出来たのには感心する。今後極地で埋もれた熊の化石などが得られる事だろう。事実70万年前の馬の化石の全ゲノムが解読されている事を考えると、進化研究にとってわくわくする情報が出てくる期待がある。この論文を読んでもう一つ感心したのは、北京ゲノム研究所(BGI)の躍進だ。神戸にも支所があり、日本でも安価にゲノムシークエンスを提供するので重宝されている。多くの人は安いシークエンスサービス会社と誤解しているかもしれないが、この研究所の活動はサービス提供を超えて拡がり、素晴らしい研究集団が生まれている事を感じる。Nature communication誌の最新号にはやはりGDIからクモゲノムの研究が発表されていた。ゲノム情報処理を実際に行うなかでしかゲノムから様々なヒントを得る能力がある人材は育たない。翻って我が国を見ると、この分野でのシェアはどんどん落ちており、人材が枯渇して行く心配が大きい。この分野では中国の力と戦略性に脱帽する。

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