最近はあまり聞かなくなったが、ES細胞やiPS細胞の多能性や分化についての論文が賑わっていた頃、Bivalent promoterとかBivalent genomeという概念が生まれた。
E.Bernsteinによって提唱された言葉で、ES細胞のヒストン修飾を調べると、転写抑制型のH3K27meと転写促進型のH3K4meが同時に存在している領域を指している。その後の研究で、一つの領域に2種類のヒストン修飾が存在していることも証明されている。強くDNAメチル化されている領域に挟まれた谷のように存在するメチル化されていない領域という意味でDNA methylation valles (DMV)とも呼ばれており、多能性を維持するために分化を抑制しながら、分化シグナルにすぐ反応するための巧妙な仕組みだと考えられている。
今日紹介するコーネル大学からの論文はこのDMVに焦点を当て、bivalent genomeでDNAメチル化が抑えられるのに関わる鍵となる分子QSER1を発見し、その機能を明らかにしたという、重要な研究で4月9日号のScienceに掲載された。タイトルは「QSER1 protects DNA methylation valleys from de novo methylation(QSER1はDNA methylation valleysが新たにメチル化されるのを防いでいる)」だ。
この研究ではbivalent promoterの代表として様々な発生過程に関わるPax6のプロモーターを用い、ヒトES細胞でのこのプロモーターの活性を変化させる分子のスクリーニングを、CRISPRによるノックアウトシステムを用いて行い、レポーター遺伝子発現が低下することがわかった分子リストの中のQSER1に着目し、この分子とbivalent promoterとの関係について研究を進めている。
Bivalent promoterの遺伝子発現が抑制されるということは、この領域がメチル化されてしまうことが想像される。そこでQSER1ノックアウトを行うと、期待通DMVとして知られるbivalent genome領域のほとんどが特異的にメチル化されることを確認している。すなわち、QSER1がbivalent genomeのメチル化をブロックする分子であることがわかった。
DNAメチル化の抑制には、新たにメチル化を行うDNMT3などの酵素をこの領域から除外するとともに、メチル化を外すTET1などと協調する必要がある。そこで、QSER1とTET1の関係を中心に研究を進めている。実験は、ゲノム全体のクロマチン構造と、bivalent部位に集まる分子を詳細に検討することで行われており、詳細は省いて結果だけを箇条書きにする。ただ重要な論文なので、多能性や、細胞分化を研究する人には是非自分で原著をあたって欲しいと思う。
結果だが、
- QSER1とTET1それぞれのノックアウトではオーバーラップしたDNAメチル化領域が上昇するるが、QSER1ノックアウトの方がよりDMV特異的なメチル化が見られる。
- QSER1はより大きなDMV領域のメチル化阻止に関わっている(メカニズムは不明)。
- これらの領域にQSER1、TET1は結合しており、逆に新たなメチル化に関わるDNMT3はこの領域から排除されている。
- QSER1,TET1それぞれ、あるいは両方をノックアウトしても、ES細胞の多能性の維持には大きな影響はない。しかし、embryoid bodyを形成させて自発的分化を誘導すると、分化の効率が低下する。
最終的には、なぜ大きなDMVにQSER1が選択的に働くのかなど、わからない部分も多いが、bivalent genomeに結合する分子が特定できたことで、またこの分野が進むと思う。
これまでbivalent promoterというと、多能性幹細胞の研究と同義語だったが、ガンで同じようなbivalent genomeがリプログラムされてくることが明らかになっており、俄然注目が集まってきた。この分子がわかったことで、ガンにおけるエピジェネティックリプログラミングの理解も進むと期待している。
Bivalent promoter:ES細胞のヒストン修飾を調べたとき、転写抑制型のH3K27meと転写促進型のH3K4meが同時に存在している領域を指している。
Imp;
悪性細胞でも指摘されているんですね