内的、外的なシグナルに合わせてシナプスを再調整する神経可塑性こそが、我々の感覚システムの最も重要な特徴で、この背景にシナプス剪定と呼ばれる、シグナルを受けないシナプスを除去し、シグナルを受けたシナプスを分子的、構造的に高める過程が存在することが知られている。私の様な門外漢でも、このときシナプスが大きくなり接着面が高まる機構についてはある程度理解していたが、よく考えてみると、選定される側の神経は競争に負けたから当たり前だろうと考えていた。
今日紹介するハーバード大学、梅森さんからの論文は、シグナルが入らなかった剪定される側のシナプスの除去が、JAK2依存的なシグナルによるアクティブな過程であることを示した研究で、これまでほとんど研究が進んでいないシナプス除去についての研究に道を開くとともに、神経可塑性とその異常について頭の整理をつけてくれる力作だと思う。タイトルは「An activity-dependent determinant of synapse elimination in the mammalian brain (哺乳動物の脳で起こっている神経活動依存的シナプス除去)」だ。
従来の過疎性の研究にシグナルバイオロジーが統合された、実に多くの実験に基づくダイナミックな研究だが、基本はシナプス同士が競合している状況で、シグナルの入った方は、連結相手に働きかけ、残りのシナプスを除去するシグナルを送り、このシグナルにJAK2が必須であるという発見に尽きる。
まず驚いたのが、神経可塑性を調べる方法だ。通常、視覚などのインプットを操作して、その結果起こるシナプス結合を見るのだが、梅森さんたちは脳梁を通って対側の皮質と結合する脳梁神経繊維を胎児期にラベルし、繊維の数が脳の成熟に伴うシナプス剪定により変化する、まさに自然に起こる可塑性過程全体を可視化して調べている。当然最初にラベルされた神経繊維は生後の発達でシナプス数が減るのだが、このときシナプスのシグナルを破傷風トキシンを導入して抑制すると、繊維数が減らないことを明らかにする。しかも、こうして見られる除去は脳全体の活動が抑えられると、除去はみられないことから、シナプスシグナルが入ったときに、入っていない側の線維に起こることを明らかにしている。
そして、このときシグナルの抑えられた神経繊維でJAK2が上昇しており、JAK2を様々な方法でブロックすると、シナプス除去が起こらないことを示している。また、シナプスシグナルに関わらず、JAK2が活性化されるだけで、シナプス除去が起こることを示して、この過程のシグナル伝達にはJAK2が必要十分であることを明らかにしている。
あとは、このシナリオを完璧にするため、神経科学とシグナル科学を組み合わせた、実に多くの実験を行っており、実験自体も工夫に満ちたものだが、詳細は割愛する。是非若い研究者には自分の目で当たって欲しいと思う。この様な実験を基礎に、
- 脳梁皮質神経だけでなく、視覚の成長過程でも、JAK2依存的なシナプス消去が起こっている。
- JAK2の下流のシグナルは、炎症にも関わるSTAT1が中心(1型インターフェロンによる炎症に似ているのは面白い)
- 一つの樹状突起に存在するシナプスは、一つのシナプスが活性化されたときだけに、他のシナプスを除去するシグナルが入り、シナプス自体が活性化されないと、除去は起こらない。すなわち、まだわからないシグナルがポストシナプス繊維からシナプスへ伝達され、JAK2を介してシナプス除去を行う。
と結論している。
ディスカッションでは、何がシナプスを除去する指令なのかが議論されており、一つの可能性としてClass1MHCとPirBの関与という、免疫抑制機構に言及しているが、わざわざ書くからにはよほど自信があるのではと期待する。もしこれが示されれば、ずいぶん昔カーラ・シャツが発表した、発生初期の可塑性にMHCが関与するという話も解ける気がする。詳しく紹介できなかったのが残念なぐらい、勉強できたという実感がある論文だった。
何がシナプスを除去する指令なのかが議論し、一つの可能性としてClass1MHCとPirBの関与という、免疫抑制機構に言及している。
Imp:
シナプス剪定。。
以前の紹介論文でも指摘されてましたが、免疫に関与する分子・伝達系が関与しているのは、本当に不思議・・・