5月15日:自由意志(Psychological science オンライン版掲載論文)
2014年5月15日
先日京都大学の白眉プロジェクト主催のパネルディスカッションに参加した時、若手のコンピューター科学者が「自由意志」が本当にあるかどうかという問題を提起したのを見て、「自己と他」の問題をまじめに考えている若者がいるのだと少し喜んだ。私もデカルト以来克服できていない2元論や主観の問題は21世紀の重要な研究課題になると思っている。さて今日紹介する論文は、頭の中に形成された認識が,自分の発した言葉にどの程度影響されるのかを調べたスウェーデンウプサラ大学からの興味深い研究で、Psychological Scienceオンライン版に掲載された。タイトルは「Speaker’s acceptance of real-time speech exchange indicates that we use auditory feedback to specify the meaning of what we say(話し手は発語された自分の言葉を受け入れてしまう事から、自分が何を話したかを特定するのに音によるフィードバックを使っているようだ)」だ。心理学研究では問題を説くためどれだけ説得力のある実験プロトコルを考えるかが命だ。この研究では、画面に示される色を見てその色を言葉にした時、つぶやいた言葉の聴覚認識が、視覚情報によって脳内に形成された認識にどの程度影響するかを調べるための実験系がデザインされている。先ず被験者はパソコン画面の前に座り、自分のつぶやいた音も含め回りの音を完全に遮断するヘッドフォーンを装着する。その上で、250語ストループテストを行う。このテストは脳への入力間の干渉を見るテストで、この場合画面の文字を見たことによる入力と、それを発語した音を聞き直すことによる入力との干渉だ。最初は発語された音がヘッドフォーンを通してそのまま耳に入るようにし、途中で「今何と言った?」と質問を行い、被験者が認識している内容を確認する。最初のうちに被験者のつぶやきを録音し、後半は録音した音だけ画面の文字と連動させてヘッドフォーンを通して聞かすようにする。このとき、スウェーデン語の「灰色 [ɡɹoː]」と「緑[ɡɹoːn]」の発音が似た2語は音をすり替えて聞かせ、「今何と言った?」と聞いた時、耳で聞いた音のに影響される程度を調べている。つぶやきを聞かせるタイミングを決める必要があるなど実験的詳細が重要だが全て割愛する。要するにつぶやいた音によって、視覚的に入って来た認識がどう影響されるかを見るためにはうまくデザインされたプロトコルだ。結果は予想通り(?)で、聞こえたぶやきの意味をそのまま答える被験者が4割に達し、さらに答えが最終的に視覚から得た認識と同じ場合も、自信がないそぶりを示したケースが4割に達している。合わせると、耳から入った音に影響されたケースが8割に達することになり頭の中で最初に形成されたイメージがいかに不安定かを明確に示す結果だ。しかし私たちはこのことを経験的に知っている。例えば、電車の最前列車両に乗ると、運転手さんの点呼の声が聞こえるのはこの証拠だ。しかし科学的に一つ一つ経験的事実が確認されるのは素晴らしいことだ。詳しくは紹介できないが、最近読んだ論文の中に、自分の認識に割り込んでくる他人の脳内にあるイメージを扱った面白い研究があった。The Journal of Neuroscience4月30日号に掲載されたコーネル大学からの仕事で、「On the same wavelength:Predictable language enhances speaker-listener brain-to-brain synchrony in posterior superior temporal gyrus (波長があう:言葉が予測できると、話し手の脳と、聞き手の脳が後部上側頭回で同調する)」と言う論文だ。内容は、簡単な図を見た後、その図についての他人の説明を聞くと、次に同じ絵を見た時の脳上側頭回の反応が話し手と聞き手で同調すると言う結果だ。他人に影響され易いのはわかっていたが、しかしMRIによる測定結果として示されると不思議と納得する。苦労しながらも脳の根本問題に対して様々な取り組みが行われているのを実感して楽しんでいる。