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5月16日:疾患iPSを用いる脳高次機能解析の困難(Molecular Psychiatry5月号掲載論文)

2014年5月16日
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現役時代、iPS/ES研究の助成方針について意見交換のためアメリカNIHに行った時、iPSを用いた認知機能研究をテーマに助成をスタートすると言う話を聞いて、ずいぶん野心的プロジェクトだと驚いた。その後アメリカからこの方向性に沿った研究が発表されるのを見て、「細胞で認知機能の何がわかる」と決めつけないことが重要であること教えられた。アメリカでこの分野の先頭に立つのがFred Gageで、ヒトと比べる目的で、ゴリラ、ボノボ、チンパンジーのiPSを樹立するなど柔軟な発想でiPS利用を進めている。中でも2011年、統合失調症の患者さんから樹立したiPS由来の神経細胞を比べ、神経突起の結合性が統合失調症の患者さんでは低下しており、それをClozapineなどの治療薬で改善できると言う驚くべき結果を発表した。しかしその後音沙汰がないので、論文のための論文かと思っていたら、今日紹介する論文が5月号のMolecular Psychiatryに発表された。筆頭著者は2011年と同じでタイトルは「Phenotypic differences in hiPSC NPC derived from patients with schizophrenia(統合失調症患者由来のiPSから誘導した神経前駆細胞(NPC)の示す形質の違い)」だ。今度の仕事も以前と内容はほぼ同じで、4例の患者iPSから神経を誘導し、遺伝子、蛋白、機能を正常と比べている。今回は、彼らの方法でiPSから誘導される神経細胞が6週例の胎児脳に近いことを示した点が先ず新しい。これには以前紹介したアレン研究所で進むヒト胎児脳の遺伝子発現データベースの寄与が大きい。長期的視野を持つデータベース作りは見習う所が多い。遺伝子発現、蛋白発現についても以前よりは大規模な研究を行っている。結局個々の細胞のバリエーションが大きいためか、結果は以前の物と大分違っている印象がある。ネットワーク解析など以前とは異なる方法を用いた今回の比較結果で一番目立ったのが神経接着に関わる遺伝子の発現変化だ。また、蛋白発現の解析から、酸化ストレスと細胞骨格に関わる分子の発現に大きな差を見つけている。この分子発現と一致して、患者iPS由来神経細胞は移動性が低く、またミトコンドリアの障害と酸化ストレスが亢進していることが見つかっている。これらの結果は、統合失調症の患者さんの神経細胞は発生段階から異常があることを示唆している。ただ今回の結果は以前の結果と矛盾はしないが、しかし今回の論文で示された異常はClozapineなどの薬で全く改善しない。また本来行ってしかるべき以前の結果との比較はこの論文でほとんどされていない。幾つかの点で結果の一貫性がないことは明らかだ。多分著者達も解釈に困ったはずだ。しかしこの方向の研究に困難があるのは当然だ。全くめげる必要はないと思う。到底不可能と考えられることに挑戦する人達が多く出てくることが最も重要だ。私は両方の論文を評価したい。

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