IL-3は一時、最も未熟な血液幹細胞の増殖因子ではないかと考えられたことがあった。事実、私も含めて造血コロニーアッセイを行う時、多能性の幹細胞コロニー形成を誘導する因子として、GM-CSFとともに、もっともよく利用した。また我が国では、2018年に急逝された東大医科研の新井さんと宮島さんがIL-3受容体の遺伝子クローニングに成功し、血液細胞の研究者にとっては、最もポピュラーなサイトカインだったと思う。
その後、c-Kit/SCFなど、骨髄多能性幹細胞の増殖に関わるストローマ細胞由来因子が明らかになり、またIL-3ノックアウトマウスが正常の造血機能を有していたことがわかり、T細胞由来因子であるIL-3はより炎症の調節に関わると考えられる様になった。特に臨床応用という面では、エリスロポイエチンやG-CSFなど他のサイトカインと比べて、大きく遅れをとった、というよりほとんど利用されていないのではないだろうか。
今日紹介するMITからの論文は、血液学者には懐かしいIL-3が、なんとアルツハイマー病を抑制する効果があることを示す研究で、7月16日Nature オンライン版に掲載された。タイトルは「Astrocytic interleukin-3 programs microglia and limits Alzheimer’s disease(アストロサイト由来IL-3がミクログリアをプログラムしてアルツハイマー病(AD)進行を制限する)」だ。
ADといえば、エーザイとBiogenがFDA認可にまでこぎつけたアデュカマブの薬剤としての有効性がメディアでも問題になっている。有効性については今後の臨床利用が明らかにすると思うが、アデュカマブの問題について、よく「Aβは神経変性に直接関わらないから」利用は意味がないなどという発言を聞く。ただ、この発言は間違っている。直接の神経変性がリン酸化Tauで起こるにしても、この過程を誘導する一つの要因がAβであることは何も変わらない。実際、Aβを異常発現させるトランスジェニックマウスは、ADの定番モデルとして利用されているし、またAPOEのADへの役割を考える時、Aβ蓄積の病因としての重要性は言を待たない。膨大な研究のおかげで、AD発症プロセスは、勉強さえすれば私の様な素人にもよく理解できるレベルに整理されている。勉強もしないで、メディア的な知識の断片だけで一般人へ発信することの問題を、アデュカマブ報道を見ていて感じる。すなわち、ADの引き金を引くAβ蓄積を抑制したり、あるいは除去することは今も重要な介入手段と言える。
今日紹介する研究の目的も、ADの引き金になるAβを除去してADの進行をとめる新しい方法の開発だ。しかし、このためにIL-3を着想したのには驚く。というのも、ADに対してIL-3が炎症性サイトカインとしてネガティブな影響があることが知られていた。
おそらく最初はこのネガティブな影響を調べるためだろう、IL-3ノックアウト(KO)マウスとAβ蓄積を起こりやすくした突然変異を導入した5xFADモデルマウスを掛け合わせて正常と比べると、驚いたことに、ノックアウトマウスの方がAβの蓄積が促進し、認知異常が高いことを発見する。この意外な発見がこの研究の全てで、あとは様々な実験を重以下の結果を得ている。
- 脳では、IL-3はアストロサイトにより定常的に分泌される、一方、その受容体はミクログリアが発現しているが、その発現レベルはミクログリア活性化に関わるTrem2シグナルにより誘導される。
- 人間のADの脳を調べると、IL-3量は正常脳と比べて特に変化はないが、IL-3受容体の発現量がADで高く、またIL-3受容体発現量とAβの蓄積量、および有病期間の間に強い相関が見られる。
- 面白いことに、ADの促進因子として知られるAPOE4遺伝型の人では特にIL-3Rの発現が高い。
- IL-3はTrem2シグナルで活性化されたミクログリアがAβ蓄積部位に集積する過程に関わる。この集積を、iPS由来のミクログリアとAβ蓄積が強く起こる様にした神経+アストロサイト培養系で再現することができる。
- ADモデルマウスにIL-3を持続注入すると、ミクログリアの集積がおこり、Aβの蓄積が抑制され、認知機能が高まる。
以上が結果で、Aβ蓄積がTau異常を誘導する前に、IL-3を脳内に注入することで、ADの進行を止められるということだ。思いもかけない病気ではあるが、IL-3の臨床利用がこんなところで復活したら面白い。また、アデュカマブの認可以降、同じ様な抗体薬の治験や承認申請が活性化されている様だが、IL-3の併用なども面白いかもしれない。
IL-3ノックアウト(KO)マウスとAβ蓄積を起こりやすくした突然変異を導入した5xFADモデルマウスを掛け合わせて正常と比べた。
驚いたことに、ノックアウトマウスの方がAβの蓄積が促進し、認知異常が高いことを発見する。
Imp:
サイトカインがADの原因のひとつとは。。。
TREM2は癌の進展や微小環境に影響を与えていると考えられていて、何らかのサイトカイン等で癌の進展を阻害することができないかと感じました。