ガン組織をsingle cell RNA seqで解析した論文は数多くあるが、最大の問題は遺伝子の解析だけでは、検出しているT細胞がガン特異的に反応しているのかどうかわからない点だ。ガン抗原の数が限られている場合は、MHCとペプチドのテトラマーを用いて、特異性を同じ組織で確認することも可能だが、実際のガンでは様々な抗原に反応しているはずで、組織に存在したキラー細胞がガンに反応しているのかどうかは、解析したT細胞の抗原受容体(TcR)を特定し、再構成して、ガンに反応するか調べるという大変な仕事が待っている。
今日紹介するハーバード大学からの論文はまさにこの大変な仕事をやり切った力作で、これからのガン免疫療法に多くの示唆を与えてくれる研究だと思う。タイトルは「Phenotype, specificity and avidity of antitumour CD8 + T cells in melanoma(メラノーマの抗腫瘍CD8T細胞の形質、抗原特異性、そして抗原結合性)」で、7月21日Natureにオンライン掲載された。。
この研究は、5人のステージ3/4のメラノーマ患者さんからバイオプシーで採取したガン組織の細胞と、末梢血をガン細胞で刺激したT細胞についてsingle cell RNA sequencing (sRNAseq)を行い、形質とともにT細胞についてはTcR配列を決定している。このような研究は数多く存在し、少なくともメラノーマでは、組織内に高い頻度で特定のTcRが現れている。すなわちガン抗原特異的T細胞のクローン増殖が起こっていると想定される。
この想定を、出現頻度が高まったガン組織でクローン増殖が起こったと考えられるキラーT細胞のTcR遺伝子を再構成し、正常のT細胞に遺伝子導入し、TcRが反応している抗原を特定したのがこの研究の凄い点だ。そして、ここまでやらないとわからないことは多かった。詳細を省いて、結論を箇条書きにすると、
- 出現頻度の高いTcRは期待通り、ガン組織に反応しているキラー細胞だった。ただし、ガン抗原(ネオ抗原orメラノーマ特異抗原)に反応するTcRを持つT 細胞のほとんどは、いわゆる抗原刺激後疲弊したTex細胞だった。
- 組織キラーT細胞でガン抗原以外に反応するTcRの多くはウイルス抗原に反応しており、そのほとんどはメモリー型の細胞だった。
- メラノーマ特異抗原に反応するキラー細胞TcRの抗原結合性は低いが、ネオ抗原を特定できたTcRとネオ抗原との結合性は高い。また、この結合性の解析から、突然変異によりMHC分子との結合性が高まる場合に、TcRの結合性が上昇した。
- 疲弊型Texは末梢血にはほとんど流れてこないが、末梢血でガン組織と同じTcRを持ったTexが多く検出されると、患者さんの予後が悪い。逆に、メモリー型の細胞が多い患者さんでは、予後が良い。
結果は以上だが、この徹底的な研究により、以下のことがはっきり理解できた。
- ガン抗原特異的T細胞は組織中に存在し、増殖している。
- ただ、疲弊型なのでほとんどは組織内で消滅する。逆に、PD-1抗体でこの疲弊を止めることの重要性がわかる。
- これまでガン組織からガン抗原特異的T細胞を分離する試みが行われているが、すぐに疲弊型のT細胞へ分化してしまうことを考えると、TIL採取前から様々なチェックポイントを抑制し、組織内でのメモリー型を増やす必要がある。、また、培養でも疲弊を避ける方法が必要。
- 組織内に高い頻度で現れるTcRの解析は、プレシジョンメディシンにとって重要な情報になる。
- 疲弊型のT細胞をさらに前駆細胞型と、分化型に分けることができるが、前駆細胞型の多い患者さんの方がPD-1抗体治療に反応する。
この結果が他のガンにも適用できるのかどうかはわからないが、チェックポイント治療の方法や、組織内の自己キラー細胞を活用する治療に向けた大きな一歩が記されたと思う。
ガン抗原特異的T細胞は組織中に存在し、増殖している。
ただ、疲弊型なのでほとんどは組織内で消滅する。
Imp:
BioNTech社のMutanome-mRNAガンワクチンも、メラノーマで治験を行う予定とか。
ワクチン⇒ガン抗原特異的T細胞誘導⇒チェックポイント阻害薬で疲弊回避
がpoint?!