プロリン異性化酵素Pin1は リン酸化されたセリン/スレオニンに隣接するプロリンに結合してタンパク質の構造を安定化(時には不安定化)させ、リン酸化タンパク質の様々な機能を調節する役割を持つ分子で、多くのガン細胞で強い発現が見られ、ガンの発生から進展まで、大きな役割を演じていることが知られている。もちろん様々な分子特異的阻害剤が開発されているが、作用が多様なためか、ガン治療にPin1阻害剤を使った研究はまだお目にかかったことはなかった。
今日紹介するハーバード大学からの論文はPin1阻害剤とgemcitabinおよびPD1抗体を組み合わせた治療が、膵臓ガン治療のゲームチェンジャーになる可能性を示した論文で、9月2日号のCellに掲載される。タイトルは「Targeting Pin1 renders pancreatic cancer eradicable by synergizing with immunochemotherapy(Pin1を標的にすると免疫化学療法と相乗して膵臓ガンを完治させる)」と、かなり自信に満ちたタイトルだ。筆頭著者はKoikawaさんで、所属が九大医学部にもなっているので、より期待できるのではと思っている。
おそらくこのグループはPin1の研究を続けているのだと思う。この研究ではマウスモデルではあるが、最も治療困難な膵臓ガン治療を目標に定め、Pin1阻害剤を使える可能性を探っている。そして、比較的低い用量のgemcitabinと、PD-1抗体によるチェックポイント治療にPin1阻害剤を加えたとき、なんと9割近いマウスで膵臓ガンが消失し、その状態が1年以上続くことを発見する。
この効果の元を探っていくと、Pin1阻害剤で膵臓ガン自体の増殖が抑えられることもあるが、なんといっても膵臓ガンの周りの強い線維化を伴う間質が消失し、さらにキラーT細胞の浸潤も強く増強していることがわかった。
すなわちPin1はガンだけでなく、ガンの周囲環境も整える。事実、膵臓ガン組織でPin1はガン細胞および周囲組織で高い発現が見られる。さらに、人間のガンデータベースを調べると、ガンと間質でPin1の発現が高いケースほど予後が悪いことも明らかになった。
後はこの効果の背景にあるメカニズムを丹念に探っている。ガンの間質については、ガンと間質でのサイトカインや炎症物質の分泌を正常化させることが重要なポイントになっている。これに加えて、ガン自体の治療感受性に関わる最も重要な要因として、gemcitabinの取り込みに関わるENT1分子とチェックポイント反応を誘導するPD-L1の発現が、Pin1により抑制されており、阻害剤によりこれらの発現が高まることを発見している。PD-L1の発現が高まること自体は逆に免疫抑制効果があるので、完璧に理解できないが、ENT1の上昇は、低い濃度のgemcitabin治療を可能にしている。
メカニズムの解析は、さらにこれらの分子のリソゾームでの処理過程にまで及んでいるが、割愛する。ただ、これまで膵臓ガンの薬剤感受性を高める因子としてクロロキンが着目されていたのも、オートファジー抑制ではなく、このリソゾーム処理過程に関わる可能性が示されたのは面白い。
最後に、ras/p53変異を導入したマウスで膵臓ガンが発生するのを待って、同じ方法で治療実験を行い、1ヶ月間、3者の組み合わせで治療するだけで、7割のマウスでガンが消失し、その効果が半年続いたことを示している。
ついこの前紹介したように(https://aasj.jp/news/watch/17240),多くの膵臓ガン浸潤T細胞がPD-1ではなくTIGITチェックポイント分子を発現しているという結果を考慮すると、TIGITを加えることで、反応を100%にすることも可能かもしれない。いずれにせよ、早く臨床治験を進めてほしいと切に願う結果だ。
すなわちPin1はガンだけでなく、ガンの周囲環境も整える.
Imp:
作用が多様ということは、様々なシグナルの”ハブ”でまある??
間質の状態まで整えるとは。。驚きです。
次回ガン免疫勉強会では膵臓ガンを取り上げます。