9月に入ると、ケニアのセレンゲティ国立公園では、ヌーやシマウマの川渡りが見られる季節に入る。私たちも4年前、この川渡りを見に出かけた。写真やビデオで紹介される川渡りは、まさに渡っている時の映像が示されているので、渡りのサイトに行けば、そのまま川渡りが見られるのかと思っていた。ところが、実際は全く想像したのとは異なり、ヌーやシマウマの大群が岸までやってきているのに、なかなか渡り始めず、あたかも決断できない政治家といった感じで、渡るかと思うと後ずさりして、川を見つめる繰り返しを、なんと4時間近く見る羽目になった。それでも必ず渡りますというガイドの言葉を信じてじっと待っていると、バカなのか、あるいは自己犠牲をいとわない高貴な性質を持っているのか、一匹のヌーが川に飛び込んだ。案の定このヌーは渡る途中でワニの犠牲になるのだが、このヌーに導かれて岸で待っていたすべての動物が川に飛び込むスペクタクルを見ることができた。要するに渡るときに、ワニの危険が待っていることを知っているのだ。それでも、最終的に新しい場所に移動するのは、食物を求めてのことなのだろう。
現存の草食動物から考えて、もっと大きなマンモスは食物を求めて当然広い範囲を移動すると想像されるが、化石になった動物の分布を調べることはできても、個々の動物の移動について調べるのは難しい。これに対し、今日紹介するアラスカ大学からの論文は、マンモスの牙から得られる窒素、酸素、炭素、およびストロンチウムの同位元素からマンモスの生涯とその移動範囲を調べようとした研究で、8月13日号のScienceに掲載された。タイトルは「北極圏のマンモスの生涯と移動範囲」」だ。
ゾウの牙は年齢とともに少しづつ伸びていくので、根元から先まで、そのゾウが生きていた環境が記録されている。タンパク質としてはコラージェンはDNAより安定で、そのときの新陳代謝を反映できる。さらに、骨にはストロンチウムが取り込まれるが、ストロンチウム87とストロンチウム86の比は、生息していた土壌を反映することもわかっている。すなわち、ストロンチウムの同位元素と、アラスカ各地のストロンチウム同位元素の分布を重ね合わせることで、あるときマンモスがどこに生息したかがわかる。
実はこの方法は、歴史学的にも用いられており、例えば英国のリチャード三世の生涯についての解析に用いられているのを紹介したことがある(https://aasj.jp/news/watch/2055)ので、是非参照してほしい。
さて結論を急ぐと、今回対象になったアラスカ生息のマンモスは、遺伝子解析から雄であることがわかっている。炭素や窒素同位元素の量の変化から、28歳の冬、飢えで死亡したと考えられる。
移動範囲から、大体3ステージに分けることができ、新生児期には親と一緒に大体250kmぐらいの範囲の縄張りを、冬は南、夏は北と移動する。ただ、成人になると、おそらく生殖機会を求めて、これまでとは全く異なる範囲の移動を行い、その後は同じように大体250−300kmの範囲で生活をすることがわかった。基本的には現在の象とあまり変わることはないようだが、冬の飢えは繰り返されている。
一匹の個体について、これだけのことがわかるというのが研究のポイントだが、冬に飢えて死んでいたなら、温暖化でどうして生き残れなかったのかという疑問がわく。これに対し、温暖化の結果、草原ではなく森林が優位になることで、結局マンモスが食べる植物も消失したのではと考えているようだが、古生物学が動物の化石だけではなく、その地域の植物も含めた生態学知識が必要なことがよくわかった。