AASJホームページ > 新着情報 > 論文ウォッチ > 9月14日 エクソームデータからガン免疫状態を探る(9月8日 Nature オンライン掲載論文)

9月14日 エクソームデータからガン免疫状態を探る(9月8日 Nature オンライン掲載論文)

2021年9月14日
SNSシェア

残念ながら、我が国のガンゲノム検査は、オンコパネルというガン関連遺伝子の狙い撃ち型検査になってしまったが、できるだけ情報を集め患者さんを治療するという点では、ガン遺伝子配列を解析するエクソーム検査や全ゲノム検査が望ましい。というのも、ガンの予後は、ガン遺伝子やガン抑制遺伝子だけで決まるわけではなく、ガンの根治達成にはガン免疫の力を借りることが必須であると、多くの医師が考えていることからもわかる。とすると、ガンの突然変位数やネオ抗原数、またガンに浸潤するリンパ球などの情報も欲しいのだが、オンコパネルでは不可能だ。

今日紹介するUniversity College of Londonからの論文は、ガン組織のエクソームシークエンスデータから、できるだけ正確にT細胞の浸潤を測定しようとした研究で、9月8日 Natureにオンライン掲載された。タイトルは「Using DNA sequencing data to quantify T cell fraction and therapy response(DNAシークエンスデータをガン組織のT細胞浸潤と治療効果の判定に利用する)」だ。

T細胞やB細胞がガン組織に浸潤しているかどうかを調べる方法には、1)ガン組織の組織学的検査、2)RNA配列を調べる遺伝子発現検査、が現在利用できる。一方、ゲノム解析をリンパ球の特定に利用することはほとんどなかった。というのも、ゲノム自体は細胞の種類によって変わらないことが普通で、そのおかげでガンに起こる突然変異を、ゲノムを正常細胞と比べることで把握することができる。

ただ、リンパ球だけは特別だ。というのもリンパ球では、免疫グロブリンやT細胞受容体遺伝子が再構成される。すなわち突然変異と同じことが起こる。従って、再構成により欠損した遺伝子領域をエクソームデータから算出することで、その組織にT細胞がどの程度存在しているか調べることができる。

なるほどgood ideaで、どうして考えなかったのかと思ってしまうが、欠損部位の検出限界を考えると、30カバレージ程度では、見落とすと考えるのが普通だ。実際、最も大きく変化するDJ領域の変化を元に、T細胞を検出しようとしても、カバレージ数に作用され、役に立たないことをこの論文でも確認している。

この研究では、T細胞受容体α遺伝子領域全体のエクソームが読まれる確率(リード数)、D領域を底として規則的に上昇することを利用して、領域内のどのエクソームからも、T細胞の頻度を算定できる方法TCRAを開発し、これを用いて組織内のT細胞の頻度を算定できるか調べている。

もちろんT細胞株を用いると100%、他の細胞株では0%、というTCRA値が得られることを確認した後、RNAシークエンシングによる遺伝子発現のデータおよび組織データと比較し、これらの方法で検出されるT細胞頻度とTRCAの間にはっきりと相関が見られることを示している。

以上、検査が予想通り使えることを確認した後、様々なガンのエクソームデータベースを用いて、

  1. ガン組織のTRCA値と、末梢血でのTRAC値は相関する。
  2. ガンの種類ごとにTRCA値の分布は異なる。最もTRCA値が高い組織が多いのは、膀胱ガンとグリオーマ。
  3. ガンの突然変異数と、TRCA値は相関する。また、グリカンの細胞外分泌に関わるSPPL3遺伝子を含む領域の欠損により、TRCA値が上昇する。
  4. 肺腺ガンでは、TRCA値が高いと、予後が良い。
  5. チェックポイント治療に反応する人は、TRCA値が高い。

などを示している。確かにアイデアは素晴らしいし、エクソームデータから新たな情報が得られることは素晴らしいが、示されたデータはばらつきが多く、実際の臨床に使えるかは疑問符がつく。この原因は決して方法の問題ではなく、ガン組織のサンプリングが、ガンの種類や状態で大きく左右されるため、同じ条件で比べることが難しいためだと思う。今後エクソーム解析を考えたガンのサンプリング方法の標準化にも期待したい。

一方で、現在積み上がった膨大なエクソームデータを使って、T細胞やB細胞も含めた解析を進めることが可能になったことは大きい。特にエクソーム解析のカバレージ数が低い場合でも利用できるのは素晴らしい。

翻って、我が国の問題に返ると、将来性を考慮せずにオンコパネル検査に依存する体制ができたことは、我が国ガン研究に大きな禍根を残すような気がしている。ガンゲノムでは大きく後れをとっている我が国だが、京大の小川さんのように、エクソームやゲノム解析でめざましい業績を上げている研究室がある。すなわち、多くの情報を迅速に解析する基盤はできている。今からでも遅くないので、シークエンシングベースのガンゲノム検査への転換を図るべきだと思う。

  1. okazaki yoshihisa より:

    エクソームデータを使って、T細胞やB細胞も含めた解析を進めることが可能になった。
    エクソーム解析のカバレージ数が低い場合でも利用できる。
    Imp:
    悪性腫瘍細胞と免疫細胞を同時に解析可能な時代が。。。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

*


reCaptcha の認証期間が終了しました。ページを再読み込みしてください。