7月8日:病的肥満の新しいマーカー(7月3日号 Cell誌掲載論文)
2014年7月8日
腸内細菌叢の研究も合わせると、肥満や糖代謝などについての新しいウェーブの研究が世界で進んでいるように感じる。「メタボ」についての私の師匠・元大阪大学医学部病院長の松澤先生から、良い肥満と悪い肥満があると教えられて来た(ちなみに松澤先生は間違いなく良い肥満らしい)。最初は松澤先生の自己正当化だろうなどと笑って聞いていたが、現役を退いてからこの分野の論文を読んでいると、ほとんどの研究がこの問題に集中しているのがわかる。しかしいい肥満と悪い肥満がなぜ分かれるのか?脂肪細胞は常に悪か?などまだ本当の理解が出来ていない点は多い。事実脂肪細胞は悪ではないことを示す論文を6月21日このホームページで紹介した。ただ悪い肥満はインシュリン抵抗性の糖尿病と、様々な炎症マーカーの亢進を指標に定義されている。この定義に基づき、アメリカ医師会ではついに悪い肥満は病気であると投票で決定した。今日紹介する論文は、悪い肥満の引き金を引くのがヘムオキシゲナーゼ1(HO-1)であることを示す研究で、ウィーン大学とフライブルグにあるマックスプランク免疫学研究所からの論文だ。タイトルは「Heme Oxygenase-1 drives metaflammation and insulin resistance in mouse and man (ヘムオキシゲナーゼ1はマウスとヒトで代謝炎症とインシュリン抵抗性を引き起こす)」だ。HO-1は古くから研究されている酵素で、鉄が結合したヘム蛋白を分解する。最近では酸化ストレスの防御や、炎症との関連から新たな研究が盛んになっていた。特にマウスでHO-1を誘導すると肥満や糖尿病が改善するとして注目を集めていた。この研究では先ず痩せている人、良い肥満と悪い肥満(インシュリン抵抗性の程度で決めている)の人から生検で肝臓細胞と脂肪細胞をもらってHO-1の遺伝子発現を調べ、悪い肥満でHO-1が上昇していることを発見している。これはHO-1が肥満を抑えると主張する研究と真っ向から対立するが、これまで発表された他のグループの遺伝子発現データでも同じ結果が確認できたので、動物を用いた概念を証明する実験へと進んでいる。結果は予想通りでHO-1を肝臓細胞でノックアウトするとインシュリンによく反応し、高脂肪食でも肝臓に脂肪がたまらなくなる。逆にこの分子の発現を急性に上昇させるとインシュリン抵抗性になると言う結果だ。HO-1分子をマクロファージでノックアウトすると全般的に炎症刺激への反応が低下するとともに、インシュリンに対する反応が上昇する。効果がどのように生まれるかを細胞レベルで調べると、NFκBと呼ばれる炎症刺激の中核にある分子を介して炎症を抑えているようだ。もちろんマクロファージがインシュリン抵抗性にどう関わるのか、おそらく肝臓にあるクッパー細胞が主役だと思われるが今後の研究が必要だ。しかし新しいアイデアを提案しており、これをきっかけに肥満やメタボはHO-1との関係で再検討されるだろう。HO-1は創薬可能性の高い標的だ。しかし生命にとって必須の酵素で、また低下すると肺気腫になることも示唆されているので、全身のHO-1を抑制すればすむと言うわけには行かないだろう。しかし新しい手がかりが見つかると、世界には糖尿病やメタボリックシンドロームが5億人もいる。集中的な研究が進む予感がする。