生体分子は、自由自在に進化し、一つの分子の中にいくつもの機能を持ち得ることはよくわかっている。それでも、馴染みが深く、詳しく研究が進んでいると思っていた分子が、予想外の機能を持っていることが明らかになり、驚かされることはしばしばだ。
しかし、今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文を読んだ驚きは、これまでの比ではない。なんと、女性ホルモンとして知られるエストロゲンの受容体が、核内受容体としてエストロゲン依存性の遺伝子発現に関わるだけでなく、様々なmRNAに結合して、スプライシングや翻訳調節などの転写後の調節に関わることで、乳ガンの進行に関わっていることが示された。タイトルはズバリ「ERα is an RNA-binding protein sustaining tumor cell survival and drug resistance(エストロゲン受容体αはRNA結合タンパクとしてガンの生存と薬剤耐性の維持に関わっている)」だ。
私が気づいてないだけで、これまでもエストロゲン受容体α(ERα)が転写因子だけでなく、細胞質で働いているという報告はあったようだ。おそらくこの研究でも最初からこの可能性を追求したのだと思う。ERαを免疫沈降して、結合タンパク質を探すと、elongation factorやスプライシング因子の様な、RNA結合タンパク質と結合していることがわかった。
そこで今度はmRNAを沈降して結合タンパク質を調べると、ERαがRNAの3‘UTR領域の、特別なモチーフに結合していることを明らかにしている。また、ERαのドメイン解析から、RNA結合部位と、核内でDNAに結合するドメインが異なること、そしてRNA結合ドメインを欠損させると、核内での転写が正常でも、乳ガンの増殖が低下することを明らかにしている。すなわち、乳ガンではエストロゲン依存性の遺伝子を誘導すると同時に、RNA結合因子としてガンの増殖に関わっていることが明らかになった。
次に、ERαによるRNA調節とガンの増殖との関連を調べる目的で、ERα結合モチーフを持つ遺伝子を乳ガンで網羅的にノックアウトする実験を行い、なんと237遺伝子から転写されたRNAが何らかの形でERαにより調節されていることを突き止めた。
では、メカニズムがERαによる調節はどのようなメカニズムで行われているのか?これを知るため、ガン増殖との関係がはっきりしているXBP1、elF4G2、そしてMCL1を選んで、ERαの作用を調べると、XBP1では、オルタナティブスプライシングに、MCL1やelF4G2では、elongation factorとの結合を通して、翻訳促進に関わっている可能性を明らかにしている。また、その結果としてMCL1、XBP1、elF4G2のタンパク質の発現量が乳ガンで上昇していることも明らかにしている。
エストロゲンの機能阻害剤を用いて乳ガンの治療を続けると、耐性ガンがしばしば現れるが、最後に、この過程にERαのRNA結合活性が関わる可能性について調べている。詳細は省くが、タモキシフェン耐性を獲得した細胞でも、RNA結合能が欠損しているERαに遺伝子を変化させると、タモキシフェンが再び効くようになる。一方、RNA結合能が欠損したERαでは、様々な細胞ストレスによる閾値が低下し、細胞が死にやすくなることも明らかになった。すなわち、多くの分子がERαで誘導されると細胞のストレスが高まり、これを抑えるためにErαのRNA結合能が働いていることを意味する。そして、ガンはこの両面性を持ったERαの機能をうまく利用して、ERα阻害剤の作用をすり抜けていることを示している。
以上が結果で、今後乳ガンの治療を考えるときには、転写因子としての機能だけでなく、RNA結合能に対しても介入することで、より効果のある治療が可能になることを示している。
しかし、ERαに予想外のRNA結合能があるというだけでなく、ここまで詳細な機能解析が行われたことに、本当に驚いた。
ERαは、乳ガンではエストロゲン依存性の遺伝子を誘導し、RNA結合因子としてガンの増殖に関わっている。
Imp:
核内受容体が、mRNA翻訳調節まで制御していたとは。。。