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10月5日 今年のノーベル賞から、炎症性の痛み(例えばワクチン副反応)になぜ女性は敏感なのかを考える(9月1日号 Neuron 掲載論文)

2021年10月5日
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今年のノーベル医学生理学賞は、TRPVやPiezo分子ファミリーの発見と痛み受容のメカニズムを解明したJuliusとPatapoutianに授与された(この研究の広がりについてはYoutubeで解説予定)。

今年のラスカー賞が人工RNAワクチンによるCovid-19の予防を理由に、KaricoとWeissmanに授与されたことから、ノーベル賞もという予想が多かったが、他のモダリティーのワクチンもほぼ同時に開発され一定の効果を発揮していること、またより長期の効果についての評価が必要なことから考えると、今年医学生理学賞には選ばないというのはノーベル賞ならの矜持であるように思える。しかし、mRNA技術の歴史とCovid-19への貢献を考えると、ノーベル化学賞は十分あり得るのではないだろうか。

そこで今年のノーベル賞と、Covid-19を掛け合わせたような論文を紹介できないだろうかと探してみたところ、ちょっと古いが9月1日号のNeuronに、女性はなぜ炎症性の痛みを感じやすいのかについて研究したデューク大学からの論文を発見した。タイトルは「IL-23/IL-17A/TRPV1 axis produces mechanical pain via macrophage-sensory neuron crosstalk in female mice(IL-23/IL-17A/TRPV1経路がマクロファージと感覚神経を介して雌マウス特異的な痛みを発生させる)」だ。

今回、mRNAワクチンの副反応は、特に女性に強かったことがわかっている。これは、ワクチンによる自然免疫の刺激による炎症が原因と考えられるが、なぜ若い女性に副反応が強いのかを明確に説明することは難しい。

この研究では、炎症性サイトカインIL23をマウス足蹠に注射したとき、メスだけが痛み回避反応を示すという現象に着目し研究を始めている。

オスメスの差なので、当然女性ホルモンエストロジェンの作用が想定される。実際、卵巣除去したり、エストロジェンを抑えると、この痛みは消失する。一方、オスにエストロジェンを投与すると、オスも反応するようになる。さらに、男性ホルモン、テストステロンがメスの痛みを軽減することも確認している。

今回のノーベル賞でもわかるように、炎症であっても痛みはTRPV1やTRPVA1を発現する神経細胞を介して誘導される。また、カプサイシン刺激を指標にTRPV1がクローニングされたことからわかるように、TRPVは化学的刺激でもチャンネルが開くことがわかっている。この研究ではIL-23により誘導される痛みがTRPV1を介していることを確かめた後、IL-23とTRPV1刺激をつなぐメカニズムを探索し、最終的にIL-23がマクロファージを刺激しIL-17を分泌させ、このIL-17が直接TRPV1の刺激として働くことを突き止めている。

詳細を省いて、この論文が示したシナリオをまとめると次のようになる。

元々メスのマクロファージは、刺激によるIL-23の分泌が多い。すなわち、メスはIL-23経路の炎症に高い感受性を持つ。そしてIL-23は周りのマクロファージを刺激してもう一つの炎症性サイトカインIL-17を分泌させ、このIL-17が直接神経細胞のTRPV1に作用し、興奮を誘導する。ただ、IL-17によるTRPV1神経興奮は、メスの神経細胞で閾値が低く、これはサルでも人間でも同じだ。

事実、エストロジェン受容体を欠損した神経細胞では、IL-17による痛み刺激だけでなく、TRPV1を刺激する化学物質カプサイシンにより誘導される痛みも低下している。 以上のことから、メカニズムはわからないが、エストロジェン受容体で神経細胞内に誘導される何らかの分子により、IL-17やその他の化学物質に対するTRPV1刺激反応の閾値が低下し、痛みがメスでより強く感じられることになる。

是非Youtubeで解説したいが、TRPVはメカノセンサーとしての役割だけでなく、特に炎症での様々な役割が注目されている。この研究もこの線上にあるが、IL-23/IL-17/TRPV1経路に見られたメス特異的感受性の上昇は、Covid-19ワクチンで多くの女性が経験した副反応の一部を説明できるかもしれない。

もし今回ノーベル賞を受賞した研究の広がりを感じてもらえれば幸いだ。

  1. okazaki yoshihisa より:

    全く予想外の業績の受賞でした。
    aasjバックナンバーを検索すると、“カプサイシン”は以前から度々登場しているようで、
    生命科学界ではHotな話題の一つだったようです。
    ノーベル賞。。。世間とは数段違った世界の賞のようです。

  2. 山形方人 より:

    味覚というと、甘い、塩っぱい、酸っぱい、苦い、うまい、という5つがあって、カプサイシンの辛いは味覚でなく痛覚だと、生物学や医学では常識になっていると思います。
    COVID-19では、味覚障害が軽症でも見られるのが有名ですが、実際に感染された患者さんが「辛い」のも感じなくなったという訴えがあるようです。鳥(カプサイシンを感じない)みたいになってしまったという、このあたり、興味があるのですが、報告ってあるのでしょうか。

    1. nishikawa より:

      TRPV1は味覚とは切り離して考える必要があります。味覚受容体は、神経細胞ですが嗅覚と同じでターンオーバーがあります。従って、感染で一度細胞が死ぬと、次のターンオーバーまで感覚は戻りません。さらに、高次の統合には、受容体依存的な神経投射が関わりますので、回復の様態はかなり複雑だろうと思います。ただ、味覚受容体は、甘み、うまみ、苦みはG共役型で、特に生命維持上苦み受容体は多くあります。一方、塩分などチャンネル型が寄与できますので、原理的にTRPV1が関与できる可能性は否定できないかもしれません。鳥が苦み感覚を失ったと言うことはないと思いますが、例えば低温で働かない甘み受容体は、ペンギンで消失しています。苦みは30種類以上あるので、消えるのは難しいと思いますが、鳥の子とはよく知りません。

  3. 学部5年生 より:

    いつも拝見させていただいております。
    毎日、分かりやすく興味深い記事をありがとうございます。

    一つ疑問に思ったのですが、
    ♀でMΦのIL-23分泌量が多いのは、エストロジェンの作用によるものなのでしょうか。

    1. nishikawa より:

      いつも読んでいただいてありがとうございます。さて質問ですが、指摘の通りです。マクロファージの IL23がメスで高いので、おそらくエストロジェンの作用ではないかと考えているようです。すなわち、IL23/IL17の分泌がメスで上昇する上に、メカニズムは定かではないですが、エストロジェンの作用でCファイバーのTRPV1の感受性が上がると書いています。

  4. 学部5年生 より:

    お返事ありがとうございます。

    TRPV1をもつ神経のの閾値が低いのも、IL-23分泌量が多いのも、どちらもエストロジェンの作用によるものなのですね。とても勉強になります。

    やはり、♀におけるエストロジェンの影響は多大ですね。

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