7月11日:結核と貧困(7月号Lancet Global Health誌及びAngewante Chemie誌掲載論文)
2014年7月11日
私が卒業して病院で働き始めた1973年頃、我が国の結核患者は約50万人だった。それが現在では2万人以下になっている。もちろん他の先進国と比べると我が国の結核罹病率はまだ高い。しかし有病者数の推移を見ていると、高度成長期と見事に逆比例しているのがわかる。幸い世界的規模でも経済成長のおかげで抗生物質が行き渡るようになり、結核有病率は低下し続けている。2013年のWHOのレポートでは現在9百万の患者さんがいることになっているが、そのうち50万近くが多剤耐性結核菌を保有し、またアフリカの100万人はエイズを併発するなど、新しい問題が現れ先行きに暗雲が立ちこめている。このためには、貧困対策と同時に、早期に結核を治療し、有病率を劇的に減らして行くことが重要になる。ただWHO統計が申告ベースで、どの位実体に近いのかは常に問題になっている。今日紹介する最初の論文は実体の捉えにくい小児の結核の有病率を様々な統計データからシュミレーションしようとする英国とアメリカの共同研究である。7月9日号のThe Lancet Global Health誌に掲載された論文で、「Burden of childhood tuberculosis in 22 high-burden countries: a mathematical modeling study(有病率が特に高い22カ国での小児結核:数理モデル研究)」がタイトルだ。研究では2010年の申告データに基づき、1)一般社会的要因だけを考慮したモデルと、2)小児結核の現場で、ある過程での様々な要因の分析結果に基づくモデルをシュミレーションし、2010年の子供の結核患者の数を推定している。モデルでは家族構成や経済状態、その土地での結核患者数だけでなく、患者の居住地域やエイズ感染、BCGワクチン接種なども加味して計算が行われている。結果は予想より深刻で、2010年には約750万の新規感染者と、65万の新しい患者が発生したと想定できるようだ。特に新しい患者の25%以上はインドで発生しており、INH等の薬剤の予防投与も積極的に考えることを勧告している。統計学を応用して健康や疾病を最初に考えたのはナイチンゲールだと聞いて驚いたのを覚えているが、まさにこの伝統を感じる仕事だ。もちろん次は実態調査が必要だ。ただ、そのためには結核かどうかを診断する必要がある。私が病院で働き始めた頃、結核の確定診断はよほどひどい感染で、喀痰中に菌が見える場合を除いて、結核菌が培養されてくるまで待つ必要があった。これには早くて1ヶ月かかった。しかし現在ではPCRを用いる遺伝子検査で、その日のうちに結果を知ることが出来る。問題はコストだ。もちろん肺の病変ですぐ診断をつけることが出来るが、我が国では当たり前のレントゲン検査も結核が問題になる地域ではコストがかかるため実施が簡単ではない。こんな問題を解決しようと、結核菌に特異的なマーカーを使って感染を迅速に診断する技術開発も進んでいるようだ。今日紹介するもう一つのスタンフォード大学などからの論文はその一つで、Angewandte Chemie International Editionオンライン版に掲載されている。タイトルは「Fluorogenic probes with substitutions at the 2 and 7 positions of cephalosporin are highly BlaC specific for rapid Mycobacterium tuberculosis detection (セファロスポリンの2、7部位の変換により作成した蛍光プローブは結核菌のBlaC特異的で迅速診断に利用できる)」だ。研究ではBlaCと呼ばれる加水分解酵素の立体構造から、元々この分子に結合することが知られていた化学化合物の側鎖を変換して、特異性を高めた反応後蛍光を発するプローブの開発に成功している。最終的に得られたプローブを用いて喀痰検査を行うと、培養陽性の患者さんの9割は発見できる。一方感染していない人の1/4が陽性と判断されると言う特異性の問題は残るので更に改良が必要なようだ。しかし、痰採取後2時間で診断がつくのはありがたい。また化学物質なのでコストも下げられるはずだ。自国だけでなく世界の健康のために世界中で努力が続けられていることにも思いを馳せたい。昨年から京都大学大学院の思修館熟議プロジェクトの学生さんに講義を行っている。分野にとらわれず大学院生が、寮で一緒に過ごしながら、様々な分野の講義を受ける意欲的なプロジェクトだ。今年の16人の受講生のうち実に4人が開発国援助や格差の問題に取り組もうとしているのを知って誇りに思っている。