2016年というと、ずいぶん昔になってしまったが、パリ公立病院のグループが、頭蓋内に埋め込んだ超音波発生器を通して、腫瘍局所に超音波を照射、同時にマイクロバブルを血管から投与することで、局所の脳血管関門を破壊して、グリオブラストーマの治療を試みた論文を紹介した(https://aasj.jp/news/watch/5411)。
その後あまりフォローをしていなかったが、ゆっくりではあるが治療器のプロトタイプも開発され、大規模治験にまでは行かないまでも少しづつ可能性が試されていることが、今日紹介するカナダ・トロントにあるSunnybrook研究所からの論文が教えてくれた。タイトルは「MR-guided focused ultrasound enhances delivery of trastuzumab to Her2-positive brain metastases (MRIにより設定した領域に超音波照射を行うことでHer2陽性乳ガンの脳転移への抗体デリバリーを促進できる)」で、10月13日号のScience Translational Medicineに掲載された。
現在乳ガンは、初期でも転移があることを想定して、手術前から化学療法を行うネオアジュバント治療が主流になっている。しかし、脳転移になると、特に抗体薬などは脳血管関門(BBB)に阻まれて、ガン局所に届けることが難しいため、他の部位の転移巣と比べると、叩くのが困難だと思われる。個人的な印象で根拠はないが、術前治療の広がりを考えると、その時叩ききれない脳内転移の問題は、重要な課題になる気がする。
実際、脳内転移巣で抗体治療可能なHer2陽性のケースでも、抗体が届きにくいことは知られており、この研究では抗体治療中の患者さんで、超音波照射を行うことで、抗体を腫瘍に届けて、ガンの増殖を抑制できないか調べており、重要な情報だと思う。
4人のHer2陽性乳ガン転移、そのうち3例は抗体治療を継続している患者さんの転移巣をMRIで正確に診断し、後は以前紹介した方法で、設定した照射場所に、アイソトープ標識した抗体薬が到達するかどうかをまず確認している。
結果は期待通りで、照射したガン局所だけで標識抗体の濃縮が起こる。面白いのは、照射後4時間ではほとんどガン局所にアイソトープは見られないのに、48時間後には強いアイソトープの集積が見られる様になる点だ。すなわち、急に血管に穴が空いて抗体が漏れるというより、最初小さな変化が起こった血管を通してじわじわと抗体が到達していることがわかる。
以前この技術を「脳血管関門を爆破する」と紹介したが、この紹介の仕方は間違いだと思う。どうしてこのようにじわじわと集積が起こるのか、是非メカニズムを知りたいところだ。いずれにせよ、強い変化が誘導されるわけではないため、ほとんど副作用がなく、全員照射を受けた後すぐに帰宅している。
副作用がないことを調べるのが目的だが、効果についても示されており、CTで見る限り全例でガンの増殖を抑えることができたと言っていい様に思う。これならより大規模のテストに進んでいい様に思う。
結果は以上で、脳だけが標的でない場合、現在使っている抗体をガンの局所に届けるという意味で、重要なテクノロジーになる様に思う。次は、免疫チェックポイント治療にも使えるか是非知りたいところだ。
頭蓋内に埋め込んだ超音波発生機を通して、腫瘍局所に超音波を照射、同時にマイクロバブルを血管から投与することで、局所の脳血管関門を破壊する。
Imp:
超音波照射でBBBが変性し治療薬通過が可能になる。