1980年代中盤に繰り広げられたT細胞の抗原受容体の遺伝子クローニング競争は、免疫学の歴史の中でもその時代を代表する大きなイベントだったが、このときT細胞受容体には、αβ型と、γδ型の2種類あることが明らかになった。その後現在まで、ワクチンであれガン免疫であれ、その主役はαβ型と考えられ、少なくとも私の頭の中でγδ型は、特異免疫と自然免疫が合わさった様な特殊なポピュレーションという以外、ほとんど登場することがなかった。
ただその中のVγ9Vδ2の組み合わせを持つT細胞の割合は、T細胞の1−5%と異常に高く、その後の研究でガン細胞やウイルス感染細胞など、ストレス細胞をチェックして殺す機能があることがわかってくると、体中にあふれるこの細胞をそのままガン細胞に向けられないか、様々な方法が模索された。
今日紹介するフランス・マルセーユにあるバイオベンチャーImCheck Therapeuticsからの論文は、Vγ9Vδ2T細胞が認識する抗原を誘導する抗体を作成し、これを用いた全く新しいガン免疫治療開発研究で10月20日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Development of ICT01, a first-in-class, anti-BTN3A antibody for activating Vγ9Vδ2 T cell–mediated antitumor immune response(Vγ9Vδ2T細胞による抗ガン免疫を活性化する、BTN3Aに対する新しい治療用抗体ICT10の開発)」だ。
私も全く知らなかったが、Vγ9Vδ2T細胞が認識するのは、細胞表面上のBTN3A抗原だが、それ自体ではなく細胞内のストレスで蓄積したリン酸化分子と結合して構造が変化した部分を認識する様だ。このことから、リン酸化分子を用いてBTN3Aを活性化して、Vγ9Vδ2T細胞をガンの方に向ける試みが行われてきたが、血中での安定性などでうまくいかなかった様だ。
この研究では、リン酸化分子に結合したのと同じ効果を発揮する、安定な抗体ICT10を開発し、これによりVγ9Vδ2T細胞をガンのキラー細胞として使う可能性を調べている。結果をまとめると以下の様になる。
- BTN3Aには3種類のアイソフォームがあるが、どの分子もICT10によりVγ9Vδ2Tキラー細胞と反応し、細胞障害とともに、Vγ9Vδ2T細胞のサイトカイン分泌を誘導する。
- ICT10依存性のVγ9Vδ2T細胞の認識は、リン酸化タンパク質の結合には全く依存しない。
- 13種類のガン細胞株のうち、12種類がICT10によりVγ9Vδ2T細胞により傷害される。
- ガンを移植したマウスに、Vγ9Vδ2T細胞を移植、それだけでは全く何も起こらないが、そこにICT10を注射すると、ガンの増殖を抑えることができる。
- サルを用いた安全性試験で、安全性とともに、ICT10はVγ9Vδ2T細胞を活性化し、末梢から組織への移動を促す。
- 以上の結果を踏まえて、化学療法を繰り返した6人の様々なガンの患者さんにICT10を投与する実験を行い、基本的にICT10は安全に投与可能で、投与後末梢血のVγ9Vδ2T細胞は急速に減少、代わりに腫瘍組織に浸潤する。
まだ効果が確かめられたわけではないし、マウスの実験でも一回投与では完全にガンを除去できるわけではないので、今後の治験を待つしかないが、これまで紹介してきたガン免疫とは発想がかなり違う点で、面白い。特に、PD1などに対するチェックポイント治療と組み合わせることで、ネオ抗原に加えて新たなガン抗原をリクルートできる点は期待できるのではないだろうか。
リン酸化分子に結合したのと同じ効果を発揮する抗体ICT10を開発した。
これによりVγ9Vδ2T細胞をガンのキラー細胞として使う可能性を調べた。
Imp:
γδT細胞の活性化を目指した抗体。
自然免疫系と獲得免疫系の両方の特徴を持つ細胞。
治療薬として魅力的です。