専門外の人間の想像力をかき立ててくれる神経科学の研究は多いが、個人的印象の強かった論文の一つが2004年カルテックのグループが発表した論文だ。留置電極を設置したてんかん患者さんで個々のニューロン活動の記録を行うと、有名な俳優の名前を聞いたときに反応する単一神経細胞が、その人の写真を見たときも、あるいはその人が変装している写真を見たときも反応する。しかし、他の俳優の写真には反応しないという結果だった(NATURE|Vol 435|23 June 2005)。要するに、一人の人間に対して持つ脳活動の全てが、名前にシンボル化されているように、一つの神経細胞の興奮としてシンボル化されていることを知って、興奮した。
このように、私たちは特に他の人間の行動に気を配り、仲間か、他人か、敵かを常に判断して、行動に生かしている。このときの神経ネットワークを研究しようとしたのが今日紹介するハーバード大学からの論文で、3匹のサルを用いて、自分と仲間、そしてそれ以外を判断している脳回路を調べた研究で、10月22日号のScienceに掲載された。タイトルは「Social agent identity cells in the prefrontal cortex of interacting groups of primates(相互に関係するサルの前頭前野に存在する相手の社会的位置を測る細胞)」だ。
この研究のハイライトは、3匹のサルの中に仲間とそれ以外が形成される過程を再現するタスク設計で、おそらく著者もそこに自信があったのだろう、タスクについてこれほどわかりやすく何回も本文で説明が行われた論文にはお目にかかったことがなかった。
この課題では、3頭のサルに2本のバナナを与えるのだが、テーブルを回して分配を決めるのをアクターと呼んでいる。サルは決して利他的ではないので、もちろん自分にバナナが来るようテーブルを回す。その結果、他のどちらかのサルがもう一方のバナナをもらえることになる。
次のラウンドで、このときアクターのおかげでバナナにありついたサルに同じようにテーブルを回させると、バナナをもらったことを覚えていて、以前バナナをくれたサルにバナナが行くようテーブルを回す。
逆に、バナナをもらい損ねたサルに同じ課題を行わせると、もらえなかったことを根に持っていて、最初のアクターにはバナナが行かないようにテーブルを回す。
実際には、これを基本としたタスクを繰り返させているが、バナナをもらう、もらわないの関係から、好きな相手と、嫌いな相手という関係が成立する。
このタスクを行う時、一頭のサルの自己と他の区別区別と言った高次機能に関わる背内側前頭前野に500本あまりの電極を備えたクラスター電極を設置し、自己や相手の行動に反応する神経を調べている。
詳細を省いて結果をまとめると、この領域の神経を、自分がバナナを得たという行為に反応する神経細胞群、自分以外のサルがバナナを得たという事実に反応する神経細胞群、そしてどちらか特定のサルがバナナを得たときに反応する神経群に分かれることを突き止めている。
すなわち、自己と他が区別され、さらに他のサルを過去の結果から、仲間(好きな方)かそうでないかを決める神経があって、その活動に基づいて次の反応が行われていることがわかる。
話はこれだけで、後はこのようにして記録した500神経細胞の興奮から、サルの次の行動が予測できるか調べ、7割以上の確率で次の行動が予想できることを示し、このネットワークモデルの妥当性を確かめている。
そして最後に、サルが好き嫌いに基づいて仲間かどうかを決め、バナナを回す行動時に、電極を通してで前頭前野への電気刺激を加えると、この行動が予測とは反対側にある程度触れることを示している。
神経科学としては少し単純すぎるかなと思うが、タスクは面白く、他にもいろいろ発展できそうな気がする。どうしてもマウスの社会性実験となると単純なタスクになるので、今後サルの研究はますます重要になると思う。
自己と他が区別され、さらに他のサルを過去の結果から、仲間(好きな方)か叢でないかを決める神経があって、
その活動に基づいて次の反応が行われていることがわかる。
Imp:
好き嫌いに基づいて仲間かどうかを決める“神経ネットワーク”が存在する!