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10月31日 ネズミの脳を少しでも人間に近づける実験(10月27日 Nature オンライン掲載論文)

2021年10月31日

遺伝子の系統樹で見ると、ネズミは犬や猫などより遙かに人間やサルに近い。すなわち我々と同じ仲間と言っていい。最初からこの点を考えてマウスが実験動物として選ばれたとは思わないが、幸いにもマウスを用いた動物実験系が最も整っていることは、動物から人間への進化を、実験的に検証するためにも素晴らしい選択だったと思う。

今日紹介するニューヨーク・コロンビア大学からの論文は、人類特異的な遺伝子変化をマウス脳に導入したときに起こる変化を調べた研究で、人間脳の特性理解のための研究方向を代表している論文の一つと言える。タイトルは「A human-specific modifier of cortical connectivity and circuit function(皮質神経結合性を変化させ回路機能を変える人間特異的分子)」だ。

進化では小さな遺伝子変化の積み重ねも起こるが、新しい性質が生まれやすいのは、既存の遺伝子の数が増える遺伝子重複が起こったときではないかと考えられている。従って、脳進化を実験的に調べたいと考える研究者は、まず人類特異的に見られる重複遺伝子を特定し、新しく生まれた遺伝子を動物に導入したとき生まれる新しい機能を探している。

このHPでも、人類特異的に遺伝子重複で生まれたARHGAP11B遺伝子をマウスに導入すると、シワのないマウス脳にシワができるという論文を紹介した(https://aasj.jp/news/watch/3151)。

今日紹介する研究が注目しているのは、SRGAP2Cと呼ばれるGAP遺伝子で、これまでの研究では、脳に発現させると、重複の親遺伝子に当たるSRGAP2A遺伝子の機能を抑えることが知られていた。さらにマウス錐体神経にSRGAP2Cを導入する実験もすでに行われており、錐体神経へのシナプス結合が増加することが明らかにされていた。実際、マウスと人間の皮質錐体神経を比べると、人間の方がシナプス結合数は多い。

ただ、全ての錐体神経が人間特異的遺伝子を発現してしまうと、それぞれの神経に起こった変化を捉えにくい。そこでこの研究では、発生時期に少ない錐体細胞だけでSRGAP2C遺伝子がオンになる工夫を凝らした実験系を作成し、成長してからSRGAP2C発現神経に見られる変化を詳細に調べることに成功した。

面白い結果だ。まず、感覚野の錐体神経にSRGAP2Cを発現させても、この神経とシナプス結合する領域は全く変化しないが、結合する神経数は増加し、またシナプス形成を反映する場所でスパインの数も増加する。もちろん長距離神経結合も増加するが、特に目立つのが局所介在神経とのシナプス結合の増加で、解剖学的にも微細な調整が可能な構造ができ上がっている。

この可能性を、ヒゲを刺激したとき感覚野のSRGAP2C発現細胞で見られる興奮を、カルシウムイメージングを用いて調べている。結果は感覚刺激に対して、反応が高まるだけでなく、刺激時と非刺激時の差が明瞭になり、また刺激への反応時間も高まる。すなわち、感覚の特異性と感受性が高まっていることがわかる。

この神経細胞レベルの変化が、行動レベルにどう反映しているかを調べる目的で、マウスのヒゲにザラザラとした表面で刺激を加えたとき、この繊細なテクスチャーの差を感させる課題を設定し、SRGAP2Cを発現したマウスと通常マウスを比べている。この課題は簡単ではなく、何度も繰り返しながら学習するのだが、SRGAP2Cを発現したマウスは、学習が早いことが示された。

結果は以上で、人類特異的遺伝子SRGAP2Cを発現することで、微細な感覚を身につけることができたというのが結論だ。さて、今後どこまでマウスの脳機能を人間に近づけられるのか、ますます楽しみになってきた。


  1. okazaki yoshihisa より:

    新しい性質が生まれやすいのは、既存の遺伝子の数が増える遺伝子重複が起こったときではないかと考えられている。
    Imp:
    大野 乾先生の“遺伝子重複説”の実験証明でしょうか?
    既存任務から解放された“重複遺伝子”が新機能を獲得して進化が起こる。

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