新型コロナウイルスについては、ウイルス自体だけでなく、ウイルスの作用を通して様々な生命現象を学ぶことができた。たった30Kbの小さなしかし精巧なゲノムに実に多様な作用がコードされている。
今日紹介するドイツ・リューベック大学からの論文は、ウイルスゲノムが細胞内で働くために最初に必要とされる、メインプロテアーゼ(Mpro)が、NFkbシグナル経路のスキャフォールドとして機能しているNEMOを直接分解して血管炎を誘導する可能性を示した研究で、10月21日号Nature Neuroscienceに掲載された。タイトルは「The SARS-CoV-2 main protease M pro causes microvascular brain pathology by cleaving NEMO in brain endothelial cells(SARS-CoV2のメインプロテアーゼは脳血管のNEMOを分解して脳の微小血管病変を誘導する)」だ。
この研究は、なぜcovid-19で脳症状が発生するのかの原因を突き止めたいと始められたようだが、分析的なアプローチをとるのではなく、血管内皮のNFkBシグナル活性化に必須のスキャフォールドNEMOがMproにより破壊されて病気が起こるという仮説を最初から設定して、この仮説を確かめるための実験を行っている。
神経細胞に直接新型コロナウイルス(CoV2)が感染する可能性を示唆する人もいるが、血管炎がウイルス感染により起こることを示すため、covid-19患者さんでは脳血管の細胞死が高まっていること、またマウスへの感染実験でも、再現できることを示し、血管内皮が脳病変の場になる可能性を示している。
次に、患者さんの脳血管、および試験管内でCoV2を感染させた細胞では、NEMOが分解されていること、また感染細胞では5カ所のグルタミンサイトで切断が起こっていることを確認している。
この結果、NFkBシグナルが抑制されると予測されるが、期待通りMproを発現している血管内皮では、NFkB下流のIL1βの発現が低下している。また、NFkBはカスパーゼシグナルを押さえる役割を持っているが、これが破壊されているため、TNFなどによる細胞死が強く促進されていることを示している。すなわち、脳血管内皮の細胞死は、ウイルスのMproによるNEMO破壊の結果である可能性が支持された。
そこで最後に、生体内でこの回路が働いているか確認するため、まずアデノ随伴ウイルスでMproを脳血管に導入すると、微小血管の内皮の細胞死が誘導された。また、最初からNEMOが血管内皮で欠損したマウスを調べると、同じような血管病変が起こることを確認している。また、このNEMO欠損による細胞死シグナルにはRIPK1/3シグナルが関わることを突き止め、RIPK1阻害剤で血管病変を抑えられることを示している。
結果は以上で、ホストの脳血管病変を誘導するほうがウイルス進化にとって都合が良かったとはまず思えないが、偶然にしても面白い結果だ、というのも、この結果が正しく、しかも後遺症の原因にもなる脳血管異常にMpro活性が効いているとすると、現在認可を待っているファイザーや塩野義のMpro阻害剤が、ウイルス増殖抑制だけでなく、血管病変抑制にも効く可能性が出てきたことになる。感染初期だけでなく、できれば、血管炎が発症したケースにも試してみたら面白いかもしれない。
1:脳血管内皮の細胞死は、ウイルスのMproによるNEMO破壊の結果である可能性がある。
2:後遺症の原因にもなる脳血管異常にMpro活性が効いているとするとファイザーや塩野義のMpro阻害剤が血管病変抑制にも効く可能性がある。
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今後、現場は”コロナ後遺症”の治療にも、頭を悩ますことになってきそうです。
後遺症予防への糸口になることをお祈りします。