全世界で400万人以上の人がCovid-19により亡くなっていることを考えると、当然解剖例が蓄積しているのではと思うが、感染症のためか、なかなかシステミックな解剖例の解析を読むことはなかった。今日紹介する米国・国立衛生研究所からの論文は、18人の、発症後様々な時期になくなった患者さんの解剖所見をまとめた研究で、何を今更という言う気もしないではないが、頭の中をまとめるという意味では、大変役に立つ研究だ。タイトルは「Lung epithelial and endothelial damage, loss of tissue repair, inhibition of fibrinolysis, and cellular senescence in fatal COVID-19(肺上皮と血管内皮の障害、修復欠損、フィブリン分解阻害、そして細胞老化がCovid-19の死亡例で見られる)」だ。
タイトルにリストされているように、この研究で確認された主要な異常は、肺上皮障害、血管内皮障害、修復異常、フィブリン分解異常、細胞老化で、これまでの報告と特に変わるところはない。ただ、死亡前後の血液検査所見、また剖検で十分な量の組織が得られることからウイルス感染細胞の特定、組織の遺伝子発現などが詳しく行われている点と、症状が出てからから死亡に至るまで、様々な期間(なんと3日から47日)の症例がまとめられている点で、おそらく多くの医師にとっては有用な情報になると思う。結局病理所見は、自分なりの疑問を持ってじっくり論文を読むことが重要なので、ここでは私が面白いと思った点だけを列挙する。
- 我が国でも問題になったが、症状が出てから入院する前になくなってしまう例が存在し、この研究でも2例入院前に死亡し、そのうち1例は症状が出てから3日で亡くなっている。このような症例に適切に対応するのは難しいと思う。
- 剖検で作成されたパラフィン標本からウイルスRNAがPCRで検出される。これはさらに大規模に剖検研究を行うためには朗報。さらに、治療にも関わらず、18例全例でウイルスが検出できる。また、早期死亡例ほどウイルス感染量が多い。
- こうして検出されたウイルスゲノムの解析から、全員で198種類もの変異株が見つかった。すなわち、死亡例一例一例が、変異株発生のインキュベーターになっている。
- すでに報告があるが、発症から死亡までの長さで、おおよそ3種類に分けることができる。急性例では、上皮障害による浮腫、浸潤による呼吸不全が中心だが、時間が経過するにつれ、上皮の増殖、そして線維化などが加わる。結局は、どの時点で呼吸不全が強まるかにより経過は決まるが、それぞれのステージ特異的な治療法を考えることは重要。
- 肺胞上皮、気道上皮への感染が観察されるが、AT2細胞への感染によりサーファクタント合成が低下することが急速な呼吸機能不全に寄与する。また、インフルエンザウイルスと異なり、再生修復に関わる基底細胞への感染が起こるため、肺胞上皮の修復が傷害される。その結果、肺の線維化が進んでしまう。個人的な印象だが、これは回復後に続く、long covid症状の原因になり得る。
- 血管内皮への障害による、肺胞への浸潤も特徴的で、この研究では細胞接着因子について詳しく調べている。特に短期死亡例では、肺胞のEカドヘリン発現とサーファクタントの低下が著しく、急速な呼吸不全の原因になる。また、血管側では、タイとジャンクションに関わるClaudin-5発現低下、基底膜の障害とそれに関わるコラーゲン4発現低下が見られる。このように、肺胞上皮と血管の異常が合わさると、血栓および肺胞内のフィブリン形成が進み、呼吸不全になる。
- サイトカインストームと呼ばれる状態が、中期以降では見られているが、個人的な印象としてリンパ球の関与より、圧倒的に好中球の浸潤と、ネットーシスが病気進行に関わっている。特に、白血球のPAI−1発現が目立っており、血管内皮とともに、血栓形成の重要な要因になっている。
以上雑然と気になったことを列挙したが、基本的にはこれまで示されてきた様々な現象が、うまく関連付けられて理解しやすくなった印象だ。Covid-19臨床に興味のある人は、一読の価値がある。