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12月4日 ES細胞を用いた1型糖尿病細胞治療臨床研究(12月2日号 Cell Stem Cell 掲載論文)

2021年12月4日
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私が全ての公職を辞したのは2013年で、当時プログラムディレクターを務めていた再生医療実現プロジェクト、特にiPSを臨床に使うという道筋がついたことで、安心してやめる気持ちになれた。有効かどうかは別として、その後黄斑変性を皮切りに、パーキンソン病、心不全、角膜など期待通り臨床応用が実現しているのは、予想以上だったと思っている。

実現化プロジェクトを文科省の石井さんと始めたのは、iPSから分化した細胞を作るという基礎研究と、臨床応用の間には、臨床応用に必要な工夫、安全性、倫理など大きな壁が立ちはだかっており、分化した細胞の純度や機能などの優劣を競うだけの研究、すなわち研究のための研究だけではらちが明かないと考えたからだ。従って、最初選んだ研究者たちには、論文業績は問わないから、臨床研究までのハードルを全てクリアーするために力を注いで欲しいとお願いした。

これらの成功を見ていると、やはり臨床に向けての様々な連携がないと、この分野で高い競争力を維持することが難しいことがわかる。この点から言うと、私がやめる前後はまだいい線をいっていた膵臓β細胞を多能性幹細胞(PSC)から調整する研究は、現在、低迷しているように思う。やめた後、日本IDDMネットワークとのお付き合いが増えて、研究助成申請書も見る機会があるが、はっきり言って細胞移植治療推進という観点からは研究のための研究で終わっているように思う。

そんな折、今日紹介するカナダ、アルバータ大学やブリティッシュコロンビア大学とViaCyte社から発表されたPSC由来細胞を用いた1型糖尿病の治療治験についての2編の論文は、β細胞治療もここまで来たかという感慨が深い論文であるとともに、我が国での研究は、よほどの大発見があるか、あるいは臨床中心に再編しない限り、世界からますます遅れていくという印象を深くした。Cell Stem Cell に発表された論文は2編あるが、ここでは2編目の論文のみ紹介する。タイトルは「Implanted pluripotent stem-cell-derived pancreatic endoderm cells secrete glucose-responsive Cpeptide in patients with type 1 diabetes (移植した多能性幹細胞由来膵臓内胚葉細胞はブドウ糖に反応してCペプチドを一型糖尿病患者さんで分泌する)」だ。

まずこの分野を歴史的に見ておこう。ES細胞から膵臓細胞培養法というと、D’Amourたちの2005年の仕事が際だっており、この仕事を知ったとき、細胞の大量生産とコストを考えながら研究することの重要性を思い知った。この時点で、我が国の研究は大きく遅れをとってしまった。

一刻も早く臨床へと言う彼らの意図がわかるのは、このプロトコルからβ細胞は作れるが、効率とコストを考え、あえてβ細胞にこだわらず、身体の中でβ細胞へ分化したら良いと割り切り、実際の臨床応用には途中段階のPancreatic endoderm(PE)を使うよう方向転換したことだ。

この結果ViaCyteというベンチャー企業がPE細胞をカプセルの中に詰め込んで治験を行い、C-ペプチドの分泌を確認したのが2018年だ。ただ、この方法は完全に移植細胞をホストから守ろうとして、逆に異物反応を誘導しうまくいかなかったようだ(というのも2018年学会発表以降論文が出ていない)。

これに対し、ViaCyteは、完全に細胞を隔離するのではなく、ホスト側の血管も入ってこれるカプセルを開発した。この論文では、このカプセルに2-5億個のPE細胞を詰め込み、この治験では15人に移植している。その後、C-ペプチドの分泌を中心に、様々なパラメータを調べるとともに、最後はカプセルの一部または全部を取り出し、組織学的に検討している。

結果だが、

  1. 血管が入ってくるカプセルなので、免疫細胞の浸潤も有り、免疫抑制剤を持続的に使う必要があるが、このカプセル自体の有害事象はほとんどなく、多くの患者さんが、1年以上カプセルを移植されたまま過ごせた。
  2. 一番重要なのは、移植前はCペプチド(プロインシュリンからインシュリンが切り出された残り)が存在しない患者さんで、移植後4ヶ月ぐらいから血中のCペプチドが検出されるようになっている点で、ばらつきは多いが、ともかく全例で見られている。すなわち、移植した細胞がβ細胞へ分化して働いた。
  3. 完全にインシュリンから離脱できた例は1例だけだが、必要なインシュリン量が2割減ると同時に、低血糖発作は劇的に低下、また低血糖の自覚が明瞭になってきた。
  4. 移植した細胞は食事に反応してCペプチドを分泌する。
  5. 末梢血での抑制性T細胞の数が増えてきている。
  6. 組織学的に、ホストの血管が侵入し、β細胞の分化がカプセル内で起こっている。
  7. ただ、この方法ではβ細胞より、α細胞への分化が強く誘導されるので、今後の改善点になる。

が重要なものだろう。

いずれにせよ、多能性細胞から誘導した膵臓内胚葉移植で論文として現れたのはこれが最初だと思う。最初の論文には、エドモントンプロトコルで有名なアルバータ大学も入っており、21世紀に入って進んできた基礎研究が、材料工学、臨床医などの協力で一つにまとまった成果だと思っている。

私がプログラムディレクターをしていたときからすでに10年がたつが、現在もβ細胞分化プロジェクトに関わる我が国の研究者は、この総合性をいかにして日本で実現するのか具体的な提案をまず示すべきで、個別にこれまでの研究をただ続ければいいという話でないと思う。

  1. okazaki yoshihisa より:

    あえてβ細胞にこだわらず、身体の中でβ細胞へ分化したら良しとし、臨床応用には途中段階のPancreatic endoderm(PE)を使うようにした
    組織学的に、カプセル内にホスト血管が侵入し、β細胞の分化がカプセル内で起こる。
    Imp:
    Pancreatic endoderm(PE)+血管侵入カプセル⇒生体内で成熟β細胞を作製しDMを治療する。
    “細胞治療+デバイス治療”の協演を連想しました。
    未来の人工臓器の原型がここに!?

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