昨日ピックアップした論文の中に、エクササイズについての面白い論文が2編発表されていたので、今日から2回に分けて紹介することにした。この2編にかかわらず、この頃エクササイズの効果を科学的に調べる論文が増えてきたように思える。様々なテクノロジーがそろってきて、これまで難しいと手がつけられなかった運動の科学が進んでいるのだと思う。我が国でも、東北大学の楠山さんは、なんと妊婦さんの運動が子供に及ぼす効果についての論文を発表している(Cell Metab. 2021 May 4;33(5):939-956.e8.)。
今日紹介するスタンフォード大学からの論文は1ヶ月、ランニングホイールで運動させたマウスの血液が、全身の炎症を鎮め、脳細胞の増殖を高める因子を含んでいることを示した研究で12月8日Natureにオンライン出版された。タイトルは「Exercise plasma boosts memory and dampens brain inflammation via clusterin(エクササイズ血清はClusterinを介して記憶を促進し、脳炎症を抑える)」だ。
エクササイズは、神経変性疾患の進行を抑え、記憶力を改善することが疫学的に示され、認知症の治療にも取り入れられている。運動はもちろん筋肉を中心とする身体の活動で、脳細胞も使ってはいるが、エクササイズの効果が脳に現れるためには、全身から何らかの因子が脳に指令を送ると考えられ、このような因子を特定し、治療に利用できないか研究が進んでいる。
昨年、カリフォルニア大学サンフランシスコ校のグループは、エクササイズで誘導され、老化でレベルが低下し、投与することで認知機能が改善するGpld1を発見している。これがトランスレーション可能か、高齢者の一人としては気になるところだが、今日紹介する論文も全く同じ方向の研究になる。
28日間、自由にランニングホイールで遊べる環境で過ごしたマウスの血清は、普通に飼育したマウスの血清と比べ、海馬の神経の増殖を促進し、コンテクスト記憶を高める働きがある。
この血清により脳細胞に起こる遺伝子発現の変化を見ると、炎症抑制に関わる因子が含まれることがわかったので、LPS投与による脳炎症にエクササイズ血清を投与すると、炎症を抑制する効果がある。また、この効果が凝固システムと補体への作用を介して発揮されていることを特定している。
エクササイズにより誘導される血中分子のトップ4を個別に検討する研究から、最終的にタイトルにあるclusterinがこの作用を媒介する一つの要因であることを示している。
結果は以上で、もう一度まとめると、エクササイズは凝固や補体に作用する因子の合成を高めることで、炎症を抑えるが、その中の補体カスケード抑制因子clusterinは脳血管内皮に働いて、脳炎症を鎮めることで、間接的に脳細胞の増殖や活動を高めているということになる。
最初の脳活動への影響を調べた結果は本当に驚くが、後は普通の論文といった印象だったが、一つでも運動効果のメカニズムが解明されることは重要だ。
エクササイズは凝固や補体に作用する因子の合成を高め炎症を抑える。
補体カスケード抑制因子clusterinは脳血管内皮に働き脳炎症を鎮め間接的に脳細胞の増殖や活動を高める。
Imp:運動のclusterinを介して脳炎症を鎮める効果を立証