ロシアによるウクライナ侵略をきっかけに、世界が新しい体制へと組み変わろうとしているのを目の当たりにすると、このルーツは全て21世紀の幕開けにおこった世界貿易センター襲撃に遡れるのではないかと感じる。この事件は、米国だけでなく世界の常識が簡単に破れること、怨念が怨念を呼ぶ連鎖がいとも簡単に増幅していくことを私たちに示した。
しかし、今日紹介するアルバートアインシュタイン医科大学を中心とする論文は、このような事件についても、その影響について、常に科学は冷静に分析を進めていることを示した研究で、3月7日Nature Medicineにオンライン出版された。タイトルは「High burden of clonal hematopoiesis in first responders exposed to the World Trade Center disaster(世界貿易センターの惨事に最初に晒された人では高いクローン性造血の負荷が見られる)」だ。
世界貿易センター崩壊では、消防士に多くの犠牲が出たことがよく知られているが、これを象徴する粉塵にまみれた消防士の写真が残されている(https://www.afpbb.com/articles/-/2816655)。
この研究は、この時の粉塵の健康への影響を調べることを目的としており、まず粉塵に晒された消防士481人と、粉塵に晒されなかった消防士255人について、事件後12年から14年にかけて血液細胞を採取、237遺伝子について250回以上DNA配列決定を繰り返し、特定の変異が繰り返し見られるかを調べている。
この方法では、造血のクローン性増殖と呼ばれる、特に老化に伴って起こる現象を調べることが出来る。例えば造血に関わる遺伝子に変異が入ると、ガンに発展しないまでも、増殖性が高まり、遺伝子配列を繰り返して調べることで、、この変異を繰り返し観察することが出来る。
これは普通に起こる現象で、老化の指標として調べられることが多い。ところが、この研究の結果、粉塵に暴露された消防士では約2倍の頻度でこのようなクローン性増殖を観察することが出来る。
さらに、年齢が進むとともにクローン性増殖が見られる頻度が急速に上昇する。例えば、検査時に70−79歳になっていた消防士では、なんと30%にこのようなクローン性増殖が見られる。
そして最も多く変異が見られた遺伝子はDNMT3AやTET2で、ガンのドライバーと言うより、エピジェネティック調節因子が多く、これもクローン性増殖を反映している。
これだけでも、なるほどと驚く研究なのだが、この研究はさらにこのメカニズムについても探索を進めている。
まず驚くのが、この時の粉塵がきちっと採取され、残されていることだ。世界が恐怖と怒りで冷静さを失っているとき、それでも後の研究に粉塵を採取していた人たちがいるという冷静さに感銘を受けた。
この研究では、この粉塵を用いて試験管内や、マウスへの投与により、ゲノムの変異が起こるかどうかを調べている。実際、粉塵に細胞や造血幹細胞が晒されると、突然変異が起こる。しかもゲノム科学の進展のおかげで、そのメカニズムも極めて詳細に行うことが可能になっている。その結果、粉塵に晒された場合、DNA 合成プログラムが傷害され、S期の後半で細胞周期が遅くなり、このストレスで変異が誘導されることまで示している。
また、動物を粉塵に晒した実験から、起こってくる変異のタイプが、タバコによる変異と似た特徴を持つこともつかんでいる。
結果は以上で、内容としては驚くほどの結果ではないが、恨みや怒りの中でも、常に冷静さを失わず、未来に向けて行動する科学の重要性を改めて実感した。
結果、粉塵に晒された場合、DNA 合成プログラムが傷害され、S期の後半で細胞周期が遅くなり、このストレスで変異が誘導されることまで示している。
Imp:
粉塵とDNAの相互作用で変異が生じるんですね。
追伸
アスベストと胸膜中皮腫も、このような機構で発症するのかも?