「百聞は一見にしかず」で、構造についての論文を言葉で紹介するのは簡単でない。しかし、論文に目を通していると、様々なハード技術のみならず、ソフト技術が進歩して、形態学が大きく変化していることを実感する。分子構造解析ではクライオ電顕がその典型だが、組織学でも、目で見るより先にコンピュータに描かせてみて、それを眺めることで、これまで見えていなかったものに気づけるようになっている。特に、電子顕微鏡像を再構成して立体化する技術の進歩は目を見張る。哲学的には、新しい客観性の概念が生まれたとすら思う。
今日紹介するハーバード大学からの論文は、新しい技術を用いて構造を見直すことの重要性を示した素晴らしい研究で、考えるところが多かった。タイトルは「Regulation of liver subcellular architecture controls metabolic homeostasis(肝臓の細胞内構造が代謝のホメオスターシスを調節している)」で、3月9日Natureにオンライン掲載された。
この研究は従来半導体の解析に使われてきたfocused ion beam走査電子顕微鏡が持つ3次元画像解析技術を利用して、細胞内で複雑なネットワーク構造を作る小胞体に焦点を当て、肝臓細胞を観察するところから始めている。
この方法により、肝細胞内の小胞体は核の周りのシート上にきれいに並んだ小胞体と、細胞質内にありの巣のように拡がるチューブ状小胞体のネットワークに分けられることがわかる。
勿論、このような構造はとっくの昔に明らかになっており、教科書でも図が描かれているが、立体的に再構成された像を見ると新たな感動がある。そして、もっと驚くのは、この方法で遺伝的肥満マウス(ob/obマウス)脂肪肝の肝臓を見ると、シート型部分の小胞体構造が大きく減少し、シート自体も蛇行してしまうことがはっきりとわかる。これまで、細胞内の脂肪滴に目を奪われて見えなかったものがはっきりと見えてくる。
ここまでの結果を表現すると、「脂肪肝になると小胞体はシート状でリボゾームが結合している構造が減少し、チューブ型のネットワークが増える」になる。どうしても肝臓代謝の変化は、もっと別のところにあると思ってしまうので、構造はその結果を表すだけだと思ってしまう。
この研究の面白いのは、この地点からさらに進んで、小胞体構造を変化させることで遺伝的肥満マウスの代謝が改善することを示した点だ。まず、小胞体構造変化に伴って、小胞体と細胞骨格の結合を調節して構造を決めるClimp-63が、肥満マウス肝細胞の小胞体から失われていることを確認した後、今度はClimp-63遺伝子をアデノウイルスベクターで肝細胞に導入、逆に脂質代謝が変化しないか確かめている。
結果は驚くべきもので、肥満マウスの小胞体構造が、Climp-63導入で大幅に改善するだけでなく、脂肪合成に関わる小胞体状の酵素が低下し、脂肪合成が低下するのと並行して、おそらくミトコンドリアの代謝も改善し、脂肪が燃える。
さらに、これらの変化の結果と思うが、インシュリン感受性まで高まり、肝臓でのグルコース産生が低下する。
以上が結果で、ob/obマウス以外でも同じかなど、知りたい点は多くあるが、それでもClimp-6を過剰発現させるだけで、小胞体が正常化し、代謝も改善するとなると、全く新しい治療法が開発される可能性が生まれたと期待する。
結局構造が原因か結果かと考えるのではなく、一つの遺伝子変化を、構造変化で対応できるだけの能力を私たちの細胞が持っていると考えるのが正しいのだろう。
ob/obマウス以外でも同じかなど、知りたい点は多くあるが、Climp-6を過剰発現させるだけで、小胞体が正常化し、代謝も改善するとなると、全く新しい治療法が開発される可能性が生まれたと期待する。
Imp:
Climp-6という新たな標的の出現か!?