7月28日:コモンマーモセットのゲノム(Nature Geneticsオンライン版掲載論文)
2014年7月28日
毎週のように新しい動植物の全ゲノム解析の論文が掲載される。最近では私が顧問をしている生命誌研究館の研究者が材料として使っているクモやナナフシ、更にはイチヂクコバチに至るまでゲノムが明らかになって行く。驚くのはそれぞれの論文が、個々の生物に応じたシナリオを提供出来ていることだ。言い換えるとゲノムから覗くストーリーはとても面白い。今日紹介する論文は、旧世界ザルの代表コモンマーモセットのゲノムを調べる目的で集まった国際コンソーシアムの研究でNature Geneticsオンライン版に掲載された。タイトルは「The common marmoset genome provides insight into primate biology and evolution (コモンマーモセットのゲノムはサルの生物学と進化についての真相を教えてくれる)」だ。コモンマーモセットは20センチ足らずの身長と、生殖サイクルが短いことから実験動物化が進んでおり、我が国でも実験動物中央研究所で生産が行われている。そのせいか、私にとっても実験動物としてのイメージが強く、生態等についてはほとんど知らなかった。この論文からこれまで知らなかった多くのことを学ぶことが出来た。さてマーモセットのゲノムは22、6億塩基対、22000個の遺伝子を持つが、サルにだけ見られる多くの領域が存在しており、マウスやラット等のげっ歯類からサルが分岐した9000万年前からの進化過程研究には重要なデータを提供することは間違いがない。私も知らなかったが、マーモセットは、1)群れの中で一組のつがいだけが妊娠し、他の生殖は抑制されていること、2)ほぼ全ての妊娠が2卵生双生児であると言う不思議な生殖過程の特徴を持っている。この特徴を念頭に置いてゲノムを見たとき最も面白いのが、マーモセットに特有のマイクロRNA(miRNA)が22番染色体と、X染色体に数多く見つかることだ。miRNAはmRNAから蛋白への転写を調節する、蛋白をコードしていない調節性RNAだ。しかもマーモセット特異的miRNAは胎盤に発現している。miRNAが一つの遺伝子ではなく、複数のセットの遺伝子の発現量を抑制的に調節する機能を持つことを考えると、サルへの進化、及び2卵生双生児を妊娠すると言う特徴と、胎盤に強く発現するmiRNAの関連は今後の面白いテーマになる。2卵生双生児について面白い発見は、WFIKKN1と呼ばれる、分泌型のタンパク質分解酵素の特定の多型で、マーモセットでも双子を妊娠しない種ではこの多型がヒトと同じになっていることから、双子妊娠に深く関わることは間違いがない。他にも、マーモセットは大きなサルから進化の過程で小さくなったことが推定されているが、人間の伸長決定にも関わっていることがはっきりしているIGFR-1分子を中心にマーモセット特異的多型が集まっている。人間でもピグミーやマサイ族など伸長に関わる多型の解析が進んでいることを考えると、マーモセットも伸長を決める遺伝因子の解析に大きく貢献すると期待される。他にも免疫や血液発生にとっても面白い結果が示唆されているが、紹介はこれで十分だろう。ゲノム解明は新しい研究への第一歩だ。それぞれの種のゲノムが解明されることで、ゲノム研究に直接関わるかどうかを問わず、ゲノムを知らなかったときとは異なる質の研究が進められる。21世紀の幕開けにヒトゲノム計画終了の記者会見があったが、今から考えると確かに21世紀がゲノムの世紀になることを予見させるイベントだった。そう考えると、遺伝子発現やESTではマーモセット研究に貢献して来た我が国も、今回のゲノムコンソーシアムでは影も見えないのが残念だ。繰り返すが、日本はゲノム研究で大きく遅れた印象を禁じ得ない。