腸内細菌叢は食に反応して増殖様態を変化させるが、その変化が今度は食欲を調節するという可能性が最近取り沙汰されている。例えば、細菌により合成される短鎖脂肪酸が腸管のブドウ糖合成を活性化して、これが門脈迷走神経系を介して脳に働くという間接的な話に加えて、なんと大腸菌により合成されるペプチドが、直接視床の神経に働いて食欲を調節するという話まで出てきている。
今日紹介するパストゥール研究所からの論文もその一つになると思うが、なんと細菌由来の muramyl di-peptide(MDP) を認識する細胞内センサーNOD2が視床の抑制ニューロンに発現し、腸で分解されたMDPを感知して食欲を抑制するという研究で、4月15日号の Science に掲載された。タイトルは「Bacterial sensing via neuronal Nod2 regulates appetite and body temperature(Nod2を介するバクテリアの感知が食欲と体温を調節する)」だ。
NOD2 には個人的な思い出がある。京大時代の大学院生だった小倉君が、留学先で NOD2 がクローン病の原因遺伝子の一つであることを発見して Nature に論文を発表したという連絡を受け、それまでは外国でなんとかやっているのかどうかと心配していたので、本当にほっとした。このバクテリアセンサーNODについての研究は、Nod-like receptor 分子ファミリーとインフラマゾーム概念確立へと発展しているが、NOD1、NOD2は最も古典的なバクテリアセンサーだ。
NOD2 は NLRP と異なり、カスパーゼ活性はないので、NFκB などの経路を介して細胞の機能を調節する。センサーとしてバクテリア由来 MDP が特定されているので、もっぱら腸内細菌叢のセンサーとして機能していると考えられてきた。ところが最近になり、NOD2 と様々な神経疾患との相関が発見され、神経機能にも何らかの貢献があるのではと考えられるようになっていた。
そこでこの研究ではまず脳で NOD2 が発現しているかどうか調べ、特に視床や視床下部での発現を確認する。NOD2 は細胞内で発現しているので、もしこの分子が働いているとすると、内因性のリガンドが存在するか、MDP が脳に到達する必要がある。MDP を経口投与する実験から、MDP が脳に到達することを確認し、腸内細菌叢由来の MDP が、脳の NOD2 を直接刺激できることを示している。
次は脳内の NOD2 機能だが、NOD2ノックアウトマウスでは、メスで成熟後食欲増加、それに伴う体重増加が見られ、また高齢になった後は自律神経茂樹による体温の低下が抑制されることを発見し、食欲と体温の調節が腸内細菌叢により行われる可能性を示している。
この発見が研究のハイライトで、後は細胞特異的遺伝子ノックアウトや、神経細胞の電気生理などを組み合わせ、NOD2 は視床下部抑制性ニューロンに働き、その興奮性を抑える働きがあること、そしてこの結果として、食欲が抑制され、体温低下を誘導したりする作用があることを明らかにしている。
なぜメスだけで、しかも特定の年齢でこの効果が見られるのかについては、明らかにエストロジェンとの相互作用が示唆されるが、メスで MDPペプチドが視床下部に集まること以上の解析は出来ていない。
結果をまとめると、腸内細菌由来 MDP が、血管を通して脳内の NOD2 を刺激するという話になり、想像をたくましくすると、女性ホルモンにより起こる食べ過ぎを、バクテリアが MDP・NOD2 を介して抑えてくれて肥満を防いでいるという話で、面白いが、人間でも同じことがいえるのか、せめて脳の遺伝子発現だけでも示してほしかった。
腸内細菌由来 MDP が、血管を通して脳内の NOD2 を刺激するという話になる。
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こうした研究を総合すると、腸内細菌叢が“一種の臓器”に思えてきます。