我々の細胞が様々な要因で突然変異を蓄積していることはよく知られているが、これらはほとんどガン細胞の解析から生まれた結果で、正常細胞でのデータはほとんどない。というのも、突然変異は細胞ごとに異なるため、解析に必要な細胞数を増やせば増やすほど、個々の突然変異は薄まってしまう。そのため、元々1個の細胞由来のガン細胞では詳しい突然変異解析が可能だが、正常組織では難しい。
では正常細胞での突然変異解析はどうすればいいのか?結局、個々の細胞を別々に解析して、集団解析から得られる正常ゲノムと比較するしかない。この目的のために、単一細胞の核を抽出し、その中に含まれる全てのDNAを増幅する方法が開発され、血液やバイオプシーサンプルについて、解析が行われ、確かに正常細胞でも突然変異が蓄積していることが確認できるようになった。
今日紹介するニューヨーク・アルバートアインシュタイン医科大学からの論文は、気管支からブラッシングと呼ばれる方法で気管細胞をこそぎとった後、基底細胞を培養して、健常単一細胞を調製、そのゲノムを細胞ごとに解析し、正常細胞で起こる突然変異を調べた研究で、4月11日 Nature Genetics に掲載された。タイトルは「Single-cell analysis of somatic mutations in human bronchial epithelial cells in relation to aging and smoking(ヒト気管支上皮細胞の老化と喫煙に関わる単一細胞突然変異解析)」だ。
私が医学部を卒業したころでも、すでにガンの確定診断に気管支鏡下のブラッシングを用いていたが、おそらくそのときに、ガンの疑いがない反対側でもブラッシングを行い得られた細胞を培養して集めた研究だ。従って、31人の参加者のうち15人が肺ガンと診断されている。この中で12人が喫煙歴なしの方だが、このグループでガンと診断されたのは1例だけで、残り13例は全て喫煙者だ。
いずれにせよ、ブラッシングから、培養、そして単一細胞ゲノム解析と、苦労をいとわずやり遂げたことがこの研究のハイライトになる。その結果、正常サンプルが得られにくい肺でも、正常細胞での変異蓄積様態がわかった。
1)変異は年齢とともに蓄積する。喫煙歴の全くない人では28変異/年の率で蓄積する。
2)これに対して喫煙者は予想通り変異が倍加しており、平均で91変異/年に達する。これは正常のほぼ3−4倍だ。
3)変異の種類を調べると、喫煙者では、喫煙特異的な変異が、老化に伴う変異にかぶさる形で増えているのがわかる。
4)この程度の細胞数の解析では、発ガンに関わる遺伝子の変異が発見されることはない。ただ肺全体では、当然発ガン遺伝子の変異も上昇していると考えられる。
5)この研究で最も驚くのは、喫煙年数と変位数は比例して上昇するが、タバコの量とは必ずしも比例しない点だ。生涯喫煙数を示すPack-yearsという指標(例えば1日1パック(20本)を40年続けると40になる)でみると、40までは変位数の上昇と比例するが、それ以上になると逆に減少傾向が出ている。ひょっとしたら、他の障害の結果修復機能が高まるのか、不思議な現象だ。
以上が結果で、予想通りの結果とともに、タバコの量についての意外な結果が明らかになった。ただ、数は少ないので、もう少し調べていく必要があるだろう。いずれにせよ、大変な実験に脱帽。
変異数には生涯喫煙年数が大きく影響する!
1日も早い禁煙!ですね。