PI3Kはインシュリンシグナルを始め様々な生命シグナルに関わっており、また分子構成やその組織発現は極めて多様で、個人的には全く苦手なシグナルの一つだ。現役の頃から、真面目に勉強することはやめて、わからないことはプロの竹縄さんに聞けばいいと思っていた。とはいえ、細胞の生存に重要なシグナルであるということは、ガン細胞にすればもっと重要であると考えられ、抗ガン剤として PI3K 阻害剤が開発されてきた。私たち現役の頃はワートマニンぐらいしか阻害剤はなかったが、現在では異なる活性サブユニットに対する薬剤が開発されている。現在まで、PI3Kα に対する阻害剤が乳ガン、δ に対する阻害剤が B 細胞腫瘍に対する薬剤として、治験が行われているが、それでも副作用の強さが大きな問題になってきた。
今日紹介する La Jolla 免疫研究所からの論文は、PI3Kδ に特異的な阻害剤の副作用を徹底的に検証して、阻害剤の新しい使用法の開発を試みた研究で、5月4日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Intermittent PI3Kδ inhibition sustains anti-tumour immunity and curbs irAEs (間欠的に PI3Kδ 阻害剤を投与するとガン免疫を維持したまま免疫関連副作用を回避できる)」だ。
この論文の結論がわかってしまうタイトルで、要するに PI3Kδ 阻害剤は日を置いて使えばよいという結論だ。前置きに述べたように、PI3Kδ 阻害剤の最大の問題は副作用で、腫瘍の増殖を抑えたり、あるいはガン免疫を高めたりする効果は臨床治験でも期待通り見られている。しかし副作用が強くほとんどの人は薬剤を続けることが難しい。そして何よりもその副作用は、irAE と呼ばれる免疫関連副作用だ。
irAE はチェックポイント治療が始まったときから問題になっている副作用で、免疫が持続するのを防ぐ治療を行えば、ガン免疫だけでなく、自己免疫も高まることを示している。ただ PI3Kδ 阻害剤の irAE はPD-1に対するチェックポイント治療とはかなり様相を異にしており、重症の腸炎が最も大きな問題になる。これまでの検討から、PI3Kδ 阻害剤が特に Treg 機能抑制を介して、エフェクター機能を高めるからであることが示されていた。
この研究では、ネオアジュバント治療(腫瘍はその後切除する)として PI3Kδ 阻害剤を使用した頭頸部ガンの患者さんの治験を利用して、irAE の詳しい解析を、腫瘍組織の RNA 発現解析と、single cell RNAseq などを用いて行っている。読んでみると、確かに副作用はひどく、通常用量では15人中9人が薬剤を中止せざるを得ないほど強い腸炎にかかっている。また用量を少し減らしたぐらいでは、同じ結果で終わっている。
このような患者さんの腫瘍組織では期待通り、抑制性Tregが減少し、逆にCD4,CD8エフェクターT細胞が増加していることが観察できる。即ち期待通りirAEはPI3Kδ阻害剤がTregを抑えることで起こる。ただ解析の過程で、Tregの現象は一過性で、時間がたつと正常化することを発見する。おそらくこの時点で、間欠的に投与することで、副作用が抑えられるのではと着想したと思う。
そこで、動物実験に戻り、PI3Kδ 阻害剤が IL-10 を分泌する強い制御活性のある Treg の組織内へのリクルートを選択的に抑えること、その結果腸組織で CD8T 細胞の数が上昇し、炎症を誘導することを明らかにしている。
次に、硫酸デキストランで腸を傷害して炎症を誘導するモデルを用いて PI3Kδ 阻害剤投与実験を行い、PI3Kδ 阻害剤により増強される腸炎、および腸炎を誘導する CD8T 細胞が、4日投与、3日休みというプロトコルでは、ほとんど起こらないことを発見する。
また、single cell RNAseq を用いた解析で、PI3Kδ 阻害剤投与で上昇する IL-17 分泌炎症細胞の条床を、4日投与/3日休みという間欠的プロトコルではほ抑えられることを示している。一方で、誘導されたCD8 キラー細胞などは影響を受ける、そのまま維持される。
以上が結果で、間欠的 PI3Kδ 阻害剤投与で、炎症型T細胞の増殖を抑え、キラー細胞は高めるという、理想的な投与法が開発されたことになる。
最初は人間の研究から始まっていても、最後の結果は動物実験の話で、人間に利用するには時間がかかるだろう。ただ、薬剤自体は FDA に認可されており、またネオアジュバント治験という、薬剤効果を調べるための理想的治験が進んでいることから、間欠的投与プロトコルを加えることは、以外とスムースに進むかもしれない。長年期待された PI3K 阻害剤によるガン治療も少しづつ完成に近づいている。特に、免疫治療の分野では、大きな期待が得られる予感がする。
間欠的 PI3Kδ 阻害剤投与で、炎症型T細胞の増殖を抑え、キラー細胞は高めるという、理想的な投与法が開発されたことになる。
Imp:
ヒトでの治験が楽しみです。