β アミロイドを除去する治療法の失敗を見て、アミロイド仮説は消え去ったと勘違いする人もいるようだが、遺伝変異やダウン症の研究から、多くのアルツハイマー病でも Aβ の蓄積がアルツハイマー病の引き金を引くことは間違いない。
ただこれはかなり病気の初期の話で、一旦引き金がひかれると神経細胞内でのTauの蓄積は自立的に進むので、Aβ を除去しても手遅れになる。従って、Aβ 仮説に基づく治療を進めるためには、引き金が引かれる初期段階を捉えて治療する必要がある。
この初期段階を捉える手掛かりとして注目されるのが、Aβ 蓄積が始まると神経の興奮が上昇すること、そして神経細胞自体は正常でもシナプスの密度が低下する可能性が、動物実験から示唆されている点だ。
今日紹介するイェール大学からの論文は、このグループが発見したメタボトロピックグルタミン酸受容体に対する化合物が、動物モデルのアルツハイマー病進行を止めるという発見の、細胞学的メカニズムを明らかにした論文で、シナプス密度の現象を食い止め、アルツハイマー病(AD)の引き金を止める可能性があると期待できる。タイトルは「Reversal of synapse loss in Alzheimer mouse models by targeting mGluR5 to prevent synaptic tagging by C1Q(アルツハイマー病マウスモデルでmGluR5を標的にすることで、シナプスに C1q が結合を止めることでシナプス喪失を抑制できる)」で、6月1日 Science Translational Medicine に掲載された。
2017年、このグループは mGluR5 に結合するが、アゴニストやアンタゴニストに見られる神経症状を全く起こさない silent modulator、BMS-984923 をブリストルマイヤー社のライブラリーから特定し、これがアルツハイマー病初期に起こるシナプス喪失を止める作用があることを Cell Reports に報告した(下図)
この研究はこの続きで、この化合物の作用機序を探っている。ネズミや猿を用いて、この化合物が経口摂取可能で、神経症状を誘導しない有望な化合物であることを示している(実際に臨床治験が始まっているので当然の結果だ)。
その上で、この薬剤の効果を調べるには脳のシナプス密度を調べることができる小胞体グリコプロテイン(SV2A)を標的と標的にしたトレーサーを用いた PET をバイオマーカーとして用いられること、すなわち AD モデルマウスにこの薬物を1ヶ月服用させると、シナプス密度を回復させられることを明らかにしている。
あとは、薬剤投与による遺伝子発現変化を single cell RNA seq で調べ、AD 進行に関わるとして知られる遺伝子を含む多くの遺伝子の発現を、特に神経細胞で正常化できること、さらにはシナプスを元に戻すことで、Tau のリン酸化を防げることも明らかにしている。
そして最後に、この薬剤がおそらく Aβ と mGluR5 との結合が、シナプスに保体成分 C1q が結合して穴が開き、局所的にシナプスが失われるプロセスを防ぐことを明らかにしている。
以上が結果で、mGluR5 modulator 化合物が AD 進行を抑えるという現象論が、しっかりとメカニズム研究で裏付けられた感じだ。
基本的には Aβ 除去療法と同じ時期を狙っているのだが、Aβ と細胞との相互作用を標的にしている点で、より効果は高いように感じる。しかも経口投与可能ということで、大きなヒットになるチャンスはある。
ただ、治療可能性だけでなく、AD の初期過程を詳しく調べる大きなツールができたことも重要だと思う。
治療可能性だけでなく、ADの初期過程を詳しく調べる大きなツールができたことも重要だ。
imp
希望が持てます。