2回にわたって、ガンの生存戦略を突く治療法の開発論文を紹介してきたが、せっかくなので今日も、アンドロゲン阻害薬抵抗性の前立腺ガンの治療法について検討したワシントン大学からの研究を紹介することにする。タイトルは「Chronologically modified androgen receptor in recurrent castration-resistant prostate cancer and its therapeutic targeting(去勢抵抗性前立腺ガンの再発過程で順番に起こってくるアンドロゲン受容体の修飾は治療標的になる)」で、6月15日号の Science Translational Medicine に掲載された。
何度も紹介しているように、前立腺ガンでは治療がうまくいったと思っていたのに、急に転移が見つかってステージ4ですと告げられることがしばしばある。ただ、この段階でもガンはアンドロゲンを駆動力にして増殖しているので、去勢など徹底的にアンドロゲンが利用できなくする治療が行われる。ただ再発は必至で、これに対してアンドロゲン受容体(AR)自体を抑制する薬剤 enzalutamide が開発され、効果を上げている。ただ、前立腺ガンはしたたかで、ほとんどのケースで薬剤抵抗性が発生し、打つ手がなくなってしまう。
ガンの薬剤抵抗性というとすぐにゲノムの変化を考えるが、このグループはほぼ全例で抵抗性が生まれる背景には、ARの活性を変化させる修飾機能が新たに獲得された結果ではないかと考え、enzalutamide抵抗性を獲得した前立腺ガンから、enzalutamideに結合するARを精製し、質量分析によって、ARの609番目のリジンがアセチル化されていることを発見する。
この発見といい、その後の解析といい、このグループの生化学の力量を感じさせる膨大な実験が続くが、詳細は省いて箇条書きに紹介する。
- enzalutamideはARの核内移行を阻害するが、アセチル化されたARはenzalutamideと結合しても、アセチル化されていないARと結合し、核内移行する。
- アセチル化はzinc fingerドメインに起こるが、この結果AR本来のDNA結合部位とは全く異なる結合部位の転写を活性化する。しかも活性化される遺伝子には、AR自身や、ARリン酸化に関わるACK1が含まれる。
- ARがアセチル化されるためには、ACK1によるリン酸化がまず必要で、その後p300によりアセチル化される。ACK1はアセチル化ARにより活性化されることから、ARのリン酸化とそれに続くアセチル化がいったん始まると、ARとACK1の転写が活性化し、アセチル化ARの量がどんどん上昇する、悪いサイクルが始まる。
- 以上のことから、ARのアセチル化を防げば、enzalutamide耐性を元に戻すことが出来るはずだ。生化学的にはアセチル化阻害剤でこの過程を抑制できるが、このような薬剤は機能が多様で利用しにくい。そこで、アセチル化の前に必要なARリン酸化を行うACK1に対する阻害剤を開発している。
- おそらく、まだ実験的な阻害剤で、薬剤として使うためには、さらに至適化することが必要と思うが、この薬剤で、enzalutamide耐性の前立腺ガンの増殖をin vitro、 in vivoで抑えることが出来る。
- 開発した薬剤R-9bは、経口投与可能で、用量依存的にガンの増殖を抑制する。ただ、アセチル化と同じような立体構造を形成できる突然変異(609番目のリジンがアラニンに変換している)では、アセチル化非依存的に同じ効果を示すため、R-9bは効果がない。
- 実際の臨床例でも、ARのリン酸化及びアセチル化は悪性度に伴って上昇する。また、リン酸化とアセチル化は相関している。
以上が結果で、最も驚いたのはARがアセチル化されることにより、転写のレパートリーを拡大し、それまでとは全く異なる分子の発現を高めている点で、急速に悪性化が進む秘密の一端を見ることが出来た。
受容体の変異ではなく修飾が薬剤耐性を導く。この証明の意義には可能性を感じます。
最も驚いたのはARがアセチル化されることにより、転写のレパートリーを拡大し、それまでとは全く異なる分子の発現を高めている点だ
Imp
薬物治療選択圧による”進化”のj”分子論的実体”!!
大変面白いです。