全く免疫系が欠損したマウスでも、毛は生えてくることから、毛根サイクルが免疫システムと独立していることは明らかだが、免疫細胞が毛根再生に影響を及ぼしうることは、円形脱毛症が一種の免疫病で、さらにJAK阻害剤で治療可能であることから明らかだ。しかし、これらは病理的な状態の話で、生理的な毛根サイクルにリンパ球が関わることは予想だにしなかった。
今日紹介する米国ソーク研究所からの論文は、驚くなかれ、制御性T細胞(Treg)が、少なくとも人工的に抜いた毛根の再生のスイッチとして重要な働きをしていることを示した面白い論文で、6月23日号の Nature Immunology に掲載された。タイトルは「Glucocorticoid signaling and regulatory T cells cooperate to maintain the hair-follicle stem-cell niche(グルココルチコイド・シグナルと制御性T細胞は協調して毛根幹細胞ニッチの維持に関わる)」だ。
実際には私がフォローできていなかっただけだが、Treg細胞が幹細胞の維持に関わることは、様々な組織で示されているようだ。このグループは、毛を引き抜いた際に起こる毛根再生では、局所にグルココルチコイドが分泌され、それに刺激されたTreg細胞が、毛根幹細胞に働いて再生のスイッチを入れるという作業仮説をたて、これに従って実験を進めている。
まず、背中一面の毛を抜いたとき、48時間をピークに、局所でのグルココルチコイド分泌が起こることを確認する。血中グルココルチコイドには変化がなく、副腎からの全身への分泌ではなく、皮膚に存在する何らかの細胞から、ストレスにより分泌されていることがわかる。同時に、皮膚に存在するTregのグルココルチコイド受容体 (GR) の発現も上昇する。
そこで、TregだけでGRが欠損するマウスを作成し、背中一面の毛を抜く処理をすると、正常では15日目でほぼ再生が完了するのに、GRノックアウトマウスでは全く再生しない。ただ、人工的な毛根除去だけでなく、自然の休止期から活動期への移行も遅れることも示している。この発見が研究のハイライトで、毛根サイクルにTregは必要ないが、Treg活性化がないと休止期が延びてサイクルが長くなることがわかり、Tregが生理学的状況でしっかり働いていることが明らかになった。
後はTregが幹細胞の活性化を助けるメカニズム、そしてそのメカニズムがGRによって誘導されるメカニスムについて実験を進め、
- Tregが分泌するTGFβ3が、毛根の再生を抑えるBMPシグナルに拮抗することで、毛根幹細胞の増殖を誘導する。
- TGFβ3をTregからノックアウトすると、毛根再生を助ける機能が完全ではないが、一定程度失われる。
- GRはFoxP3と協調してTGFβ3遺伝子の発現を誘導する。
などを明らかにしている。
以上が主な結果で、なんと言ってもTregが、Treg本来の機能ではなく毛根幹細胞の再生がスムースに行くよう見守っているというストーリーで、面白い。考えてみると、リンパ球が進化するのは有顎類からだが、毛根の発生は哺乳動物からだ。従って、後から進化した毛根が、前から存在するTregを自分のシステムに組み込んでも何の不思議はない。様々なサイクルの毛を持つ人間の皮膚での役割も知りたいところだ。
後から進化した毛根が、前から存在するTregを自分のシステムに組み込んでも何の不思議はない。
Imp:
生物進化は既存システムの再編成!?
人間社会のイノベーションも多くは再編成!!