8月13日:細菌が抗体を味方につける(Journal of Experimental Medicine誌オンライン版掲載論文)
2014年8月13日
細菌やウイルスに対する抗体反応は私たちの抵抗力にとって最も重要だ。しかし抗体が出来ているのに炎症が慢性化し、治療が難しい医者泣かせの病気がある。私が臨床医として働いていた胸部内科では、緑膿菌感染を伴う気管支拡張症はそんな病気だった印象がある(40年近く前の話で、現在については把握していないのであしからず)。というのも、治療の中心になる抗生物質が効かない場合が多かったからだ。今日紹介する英国バーミンガム大学からの論文は、当時の疑問の一部に答えてくれる研究だ。タイトルは「Increased severity of respiratory infections associated with elevated anti-LPS IgG2 which inhibits serum bactericidal killing.(血清の殺菌作用を抑制するLPSに対するIgG2抗体の上昇により肺感染症が重篤化する)」で、Journal of Experimental Medicineオンライン版に掲載された。論文では多くの実験が示されているが、結論は極めて単純だ。気管支拡張症で慢性的緑膿菌感染症を伴う患者さんの血清を調べると、緑膿菌を殺す抗体を持つグループと、持たないグループに分かれる。持たないグループは抗体が出来ないのではなく、出来た抗体がなんと細菌を守る作用を持つ結果、細菌が殺せないことを示したのがこの研究のハイライトだ。この細菌を守る抗体の正体を追求した結果、細菌の細胞壁にあるリポポリサッカライド(LPS)と呼ばれる分子の一部O抗原に対するIgG2抗体であることがわかった。通常、細菌抗原に反応して血中に流れてくる抗体は、IgM, IgG1, IgG2, IgG3,と呼ばれる生物活性の異なるサブクラスに分かれる。その中で、IgG2は殺菌作用が一番低い。一方、細胞膜成分LPSのO抗原は膜から最も離れたLPS分子の末端に位置し、それに抗体が結合しても、次に続く補体によって細胞壁を破壊等の殺菌反応が起こりにくい。この2つの要因が重なると(O抗原に対してIgG2抗体が出来ると)、O抗原に対するIgG2抗体が細菌を取り囲んで、殺菌作用を発揮する代わりに、他の抗体を細菌に近づけなくして細菌を守ることになる。実際緑膿菌感染を合併する気管支拡張症と診断されていても、O抗原に対するIgG2抗体を持つグループのほうが、肺機能検査の値がはるかに悪く、病気が重篤化していることがわかった。今後症例を増やして、この結果が確認されれば、治療に手こずる気管支拡張症の患者さんの血清にO抗原に対するIgG2抗体があるかどうかは重要な検査になると思う。また、ワクチンの設計を行う場合も、O抗原を外してワクチンを作ることが重要になる。治療に手こずった経験を持つ身から見ると、納得の研究だ。興味を惹くのは、抗体が細菌を殺す代わりに守ってしまうと言う可能性は古くから着想されていたようだ。この論文の著者達は、1966年に発表された論文をヒントにしたと正直に述べ、引用している。半世紀も前の考えは無視されることが多いのに、過去を正しく評価し、引用しているこのような論文の読後感は清々しい。