先日はオレンジの絞りかすに含まれるドーパミンを腸内細菌叢が遊離させるという話を紹介したが、細菌叢自体も様々な生理活性物質を合成できる。この能力を明らかにするには、細菌が持つ代謝経路を特定する方法が必要になるが、細菌叢の全ゲノム配列から、合成物を予測する方法の開発も進んでいる。この結果、現象論から離れられなかった細菌叢研究も、より因果性のはっきりした学問に変わっていくと期待される。
今日紹介するカナダ・クイーンズ大学からの論文は、細菌が合成するヒスタミンが、腸内のマスト細胞に働いて、炎症性腸疾患の腹痛の原因を作る可能性を示した研究で、7月27日 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Histamine production by the gut microbiota induces visceral hyperalgesia through histamine 4 receptor signaling in mice(腸内細菌叢によるヒスタミン合成がヒスタミン4受容体を介して腹部の痛覚過敏症を引き起こす)」だ。
今回調べてみて初めて知ったが、ヒスタミンを含む魚を食べたり、あるいは発酵性の食品を食べたとき、含まれているヒスタミンが中毒を起こすことが知られていた。このグループは、炎症性腸疾患(IBD)の腹痛がヒスタミン中毒に当たるのではと、これまで発酵性の低い糖分からなる食品を開発し、ある程度の効果を得ていた。
この研究では、まず尿中のヒスタミンが上昇して腹痛を訴える IBD患者さんを選んで、この便を無菌マウスに移植すると、それだけでマウスの尿中ヒスタミン濃度が上昇し、さらに腹部症状が現れることを確認している。すなわち、細菌叢からヒスタミンが分泌されている。
細菌によるヒスタミン合成は、これまでヒスタミン中毒症の原因ではないかと研究されており、histidine decarboxylase(hdc) 分子の作用であることがわかっている。そこで、IBD 患者さんの便を探索すると、hdcを持つ Klebsiela aerogenes の割合が上昇しており、またこのバクテリアだけを移植しても同じ症状が誘導できることから、K.aerogenes の有無で、ヒスタミン中毒が起こるかどうかが決まると結論している。
これまで IBD の痛みを乳酸菌が抑えることが知られているが、面白いことに hdc 活性は環境が酸性に傾くと低下する。実際、乳酸菌と K.aerogenes を共培養してヒスタミンの合成を調べると、低下することも確認している。
後は K.aerogenes 由来のヒスタミン腸の痛みを誘導するメカニズムだが、ここからは少しわかりにくい。結局ヒスタミンが直接神経端末に働くのではなく、自らもヒスタミンを合成するマスト細胞を腸管に遊走させ、そこで様々なメディエーターを分泌することで、後根神経端末を刺激するとするシナリオを示している。すなわち、マスト細胞などに発現するヒスタミン受容体の一つ H4R にバクテリア由来ヒスタミンは高いアフィニティーを持っており、これによりマスト細胞の遊走とメディエーター分泌が刺激されるというシナリオになる。実際、H4R 阻害剤で K.aerogenes 由来ヒスタミンによる神経刺激を抑えることが出来る。
以上が結果で、あとは実際の臨床で使えるか、またヒスタミンの原料の由来の特定が重要になるだろう。しかし、バクテリア単独で生理活性物質が出来てしまうことは、やっかいな問題になると思う。
1:マスト細胞などに発現するヒスタミン受容体の一つ H4R にバクテリア由来ヒスタミンは高いアフィニティーを持っている。
2:これによりマスト細胞の遊走とメディエーター分泌が刺激される。
Imp:
腸内細菌叢がヒスタミン合成工場になっているとは。。。