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10月8日 人間の抗原特異的 Treg細胞を用いた治療が可能になる(10月5日 Science Translational Medicine 掲載論文)

2022年10月8日
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抑制性T細胞(Treg)が、自己免疫病を抑えたり、移植臓器拒絶反応を抑える治療の切り札であることはわかっているが、様々な理由で進展は遅い。ただ、Treg の機能や活性化については研究が進んでいるので、これらの成果を遺伝子のレベルに落とし込んで、使いやすい Treg を遺伝子操作で作ってしまおうという研究が行われている。

今日紹介するシアトルにある Benaroya Research Institute からの論文は、T細胞抗原受容体と Treg転写プログラムの両方を遺伝子操作した EngTreg が、1型糖尿病の治療に使えるか調べた研究で、治療実現だけでなく、人間の Treg の性質を知る意味でも重要な論文だと思う。タイトルは「Pancreatic islet-specific engineered T regs exhibit robust antigen-specific and bystander immune suppression in type 1 diabetes models(膵島特異的エンジニア Treg細胞は、1型糖尿病モデルで、抗原特異的および抗原非特異的バイスタンダー免疫抑制を示す)」で、10月5日号 Science Translational Medicine に掲載された。

坂口さんたちが示したように、Treg の分化と機能は FoxP3 と称されるマスター遺伝子により調節されている。即ち、T細胞が FoxP3 を発現してしまうと Treg へと分化してしまう。そこで、この研究では1型糖尿病の患者さんで膵島特異的反応を示すT細胞からT細胞受容体(TcR)遺伝子を分離、それを末梢血CD4T細胞に導入した、膵島特異的T細胞を数種類作成している。こうして遺伝子操作した T細胞は、そのままでは自己免疫反応を誘導してしまう。そこで、この細胞を、FoxP3の発現が抑えられないように、TALENを用いた方法で遺伝子編集を加え、いくつかの膵島由来自己免疫抗原に対するTcRを発現したTreg細胞を作成している。

このように、ヒトTreg細胞の抗原特異性を完全にフィックスすることで、これまで知られている Treg の特徴を完全に再現することが出来る。

まず Treg および、エフェクターT細胞(Tef)ともに、発現TcR を操作したクローンレベルのモデル系を用いて、EngTreg は抗原ペプチド特異的に増殖し、同じ抗原ペプチドに対する Tef細胞は言うに及ばず、同じ培養中に存在する他の膵島由来ペプチド抗原特異的Tef細胞の反応を抑える、バイスタンダー効果を示すことを示している。この実験系では、FoxP3 の発現が固定されているので、生理学的条件を反映しているとは言えないが、治療目的の Treg細胞の性質を詳細に検討できる。

次に、このバイスタンダー効果が、TcR操作Tefだけでなく、自然に誘導された Tef にも発揮されるかを調べる目的で、数種類の抗原ペプチドに対するポリクローナル Tef を誘導し、この反応も、一種類の抗原だけに反応する EngTreg が抑制できることを示している。この結果は、1型糖尿病発症を止めるために、一つの EngTreg があれば十分なことを示し、臨床的には重要だ。

次に、バイスタンダー効果の一部は、直接 Treg、Tef とのコンタクトがなくとも、Treg が分泌するサイトカインにより樹状細胞が変化することで起こることも示している。

さらに面白いのは、EngTreg の抑制活性が、ペプチドに対する増殖反応と逆比例する点で、治療のためのクローンを選ぶとき、ペプチド反応性は重要だが、増殖能より、抑制機能で治療に使う細胞を選ぶ必要があることがわかる。

これら遺伝子操作したヒト末梢血を用いた試験管内の結果が、実際の臨床に利用できるか調べるための前臨床実験として、NOD1型糖尿病マウスを用いて、臨床で予想されるプロトコルを検証している。マウスCD4T細胞に膵島特異的TcRを導入、今度は CRISPR を用いた遺伝子編集で、FoxP3 を持続的に発現する EngTreg を作成し、NODマウスに移植すると、EngTreg は膵臓に移動し、自己免疫性Tef移植による糖尿病の発症をほぼ完全に抑えられることを示している。

結果は以上で、FoxP3 を持続的に発現させる EngTreg がかなり臨床近づいているという実感が得られた。TcR 導入にはレンチウイルスベクターが用いられているが、これは CART の使用実績があるので、安全性を確保することは容易だろう。また、FoxP3 編集にはアデノウイルスが用いられており、標的部位以外の切断の問題は残るが、発症が完全に抑えられるなら、リスクをとる価値はあると思う。

この方法で EngTreg が利用できる用になれば、応用は1型糖尿病にとどまらない。以前、ALS の症状も、Treg移植で抑えられるという臨床実験を紹介した(https://aasj.jp/news/watch/8483)。

是非、ALSのような治療手段が限られた病気にも拡大することを願っている。

  1. Okazaki Yoshihisa より:

    バイスタンダー効果の一部は、直接 Treg、Tef とのコンタクトがなくとも、Treg が分泌するサイトカインにより樹状細胞が変化することで起こることも示している。
    Imp:
    樹状細胞は要の一つのようです。
    Tregも遺伝子編集で加工できるんですね。

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