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10月20日 ここまで進んだネアンデルタール人研究(10月20日 Nature オンライン掲載論文)

2022年10月20日
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今年のノーベル医学生理学賞はライプチヒのマックスプランク研究所のペーボさんに授与された。彼自身の著書のこともあり、受賞の業績をネアンデルタール人やデニソーワ人のゲノム解読と解説されることが多いが、実際には人類の社会進化を考える考古学や歴史学に、ゲノムという新しい情報を注入したことだろう。この成果は、これまでの考古学が新しいゲノム考古学と完全に統合されていく中で、本当の価値が見えてくる。

今日紹介するライプチヒ・マックスプランク人類進化学研究所からの論文は、ペーボさんによって撒かれた種が成長し、新しい統合された考古学へと力強く発展していることを覗い知れる研究で、10月20日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Genetic insights into the social organization of Neanderthals(ネアンデルタール人の社会構造についての遺伝的洞察)」で、勿論ペーボさんも著者の一人になっている。

この研究の目的は、ネアンデルタール人の社会構造を解明したいという、まさに考古学の究極の問題だ。ただ現代社会とは異なり、家族単位の社会なので、発掘された骨の持ち主達の家族関係を精密に調べる必要があるが、これまでの考古学では最も苦手な課題だった。この課題をゲノム考古学は解決した。

最もいい例が、2019年10月に紹介したマックスプランク歴史学研究所からの論文で、青銅器時代のヨーロッパの村落に埋葬されていた家族のゲノムから、女性は早い段階で、その村を去ることが明らかになり、当時ヨーロッパの家族では、女性が移動する形態をとっていたことが明らかになった(https://aasj.jp/news/watch/11516)。

この研究では、これより何万年も古い5−6万年前のネアンデルタール人の社会構造を調べている。社会構造を考えるためには、特定の場所に集まる家族を中心とした単位と、そこからは離れているが交流の存在が考えられる単位を同時にサンプリングし、家族関係と交流を調べることになる。

研究では、この目的に特化した様々な手法と、一般的なゲノム解析を組みあわせ、できるだけ精密な人的交流の歴史を特定しようとしている。家族関係なので、Y染色体、及び母親からのミトコンドリア DNA を中心に解析を行っている。驚いたのは、ミトコンドリアの場合ヘテロプラスミーという細胞内の多様性を利用して、世代間の距離を測る方法まで使っている点で、統一された考古学への発展を感じさせる。

この研究ではシベリア・アルタイ地方の有名なデニソーワ洞窟に近い、Chagyrskaya 洞窟、及びそこから100kmほど離れた Okladhnikov 洞窟のゲノムを含む、全部で87体のゲノムの関係を比較、またChagyrskaya では家族関係を、長いゲノム領域の共有を指標として、1親等、2親等関係にある個体を特定している。この結果、

  1. Chagyskaya のネアンデルタール人は、ヨーロッパから移動してきた一群で、Oklandhnikov 洞窟人は、アルタイ土着に近い。この地域でのデニソーワ人との交雑はそれより3万年前で、それ以降は交雑はない。
  2. Chagyrskaya と Oklandhnikov はそれぞれ独立しているが、両洞窟で同じミトコンドリアゲノムを持つ個体が存在することから、100kmの距離があっても両群は交流があった。
  3. 常染色体の部分共有から、Chagyrskaya 洞窟の住人は4−20人の小さな集団で生活していた。
  4. ミトコンドリアゲノムとY染色体ゲノムから別々に計算される世代計算の食い違いを利用して家族構成を推察する方法から、洞窟の住人は基本的に男系が残り、女性は外部から移動してくると言う形態をとっていた可能性が高い。すなわち、以前紹介した青銅器時代のホモサピエンスと同じと結論できる。

以上が結果で、金と人手をかけて、これまで想像力に頼っていた社会構造を、ゲノム解析が受け持つようになっていることを示す研究だ。ネアンデルタール人ゲノムが報告されてからそれほど時間はたっていないが、ここまで到達したかと感慨深く読んだ。

  1. okazaki yoshihisa より:

    洞窟の住人は基本的に男系が残り、女性は外部から移動してくると言う形態をとっていた可能性が高い。
    以前紹介した青銅器時代のホモサピエンスと同じと結論できる。
    Imp:
    現代日本人の“家”の概念と同じですね。
    現代日本人の場合、実情は“女性の実家”に“男性が引き寄せられる”ですが。。。

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