ガン化学療法の最大の問題は、治療抵抗性の細胞の出現によりガン細胞の絶滅が難しいことで、それを目指すとどうしても副作用が大きくなる。この原因は様々あるが、ガン細胞が遺伝的に薬剤耐性を獲得すること、あるいは静止期の幹細胞集団が抗ガン剤の作用をやり過ごすことが主なメカニズムとして示されている。
今日紹介するドイツ・フランクフルト大学からの論文は、治療によって死ぬ細胞が、死に際に周りの細胞にシグナルを送り、治療に対する抵抗性を誘導するという、ちょっと変わったガン細胞のレガシーに関する研究で、11月16日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Colon tumour cell death causes mTOR dependence by paracrine P2X4 stimulation(直腸ガンが死ぬとき、周りの細胞の P2X4 を刺激し mTOR 依存性を誘導する)」だ。
研究だが、最初から死んでゆくガン細胞が周りのガン細胞を守る経路があると決めてかかっている。使った細胞は直腸ガンで、5FU で処理しても、ガンの増殖は続くことがわかっている細胞だ。まず、ガンのオルガノイド培養を 5FU 処理したとき、残った細胞のどの分子が活性化するか調べていくと、p70 など mTOR を活性化する3種類の分子がリン酸化されることを発見する。
以上の結果は死に際のガン細胞が、周りの細胞の mTOR を活性化することが、ガンの増殖が止まらない原因であると考えられる。そこで mTOR を阻害する rapamycin を 5FU と同時に投与すると、ガンの増殖を強く抑制できる。
詳しくは述べないが、この結果はいろいろ穴があるので、そのまま鵜呑みにするわけにはいかない。著者らもそのことはわかっており、遺伝子操作によりジフテリアトキシン(DT)で殺されるガン細胞と、DT では死なないガン細胞を一つのオルガノイドに混ぜる実験を行い、このオルガノイドを DT で処理して一部のガンが死ぬとき、残りのガン細胞がどうなるかという、少し凝った実験系を使って検討している。
驚くことに、DT に反応しない細胞は全く死なないはずだが、mTOR が活性化し、さらに DT と rapamycin で腫瘍が強く抑制される。繰り返すが、この実験が面白いのは、DT に反応しない細胞も急に mTOR が活性化して、rapamycin 感受性になる点だ。
そこでまず mTOR が活性化する仕組みを解析し、死に際のガン細胞から分泌される ATP が、P2X4 受容体を介して mTOR を活性化させることを明らかにしている。
しかしまだしっくりしないのは、mTOR が新たに活性化され、細胞が抗ガン剤に耐性になったとしても、DT に反応しない細胞が死ぬ理由がない点だ。この問題を追及して、死に際のガン細胞は ATP により周りの細胞を守るため mTOR を誘導するのと同時に、活性酸素を吐き出して、周りの細胞の細胞死を誘導することを示している。
わかりにくい話で、死に際のガン細胞は周りの細胞を巻き込んで殺してしまう活性酸素を吐き出すので、それを守るメカニズムとして mTOR を活性化させるというのが、シナリオになる。ただ、ガン治療という観点から見ると、この反応は状況を複雑にしているため、一見不思議な結果になっているようだ。
いずれにせよ、論文のための論文と決めつけず、上皮性のガンについてはこの可能性を頭に治療を見直すことも重要だと思える。
死に際のガン細胞は周りの細胞を巻き込んで殺してしまう活性酸素を吐き出すので、それを守るメカニズムとしてmTORを活性化させる。
imp.
化学療法単独では癌細胞を一掃できない!
個人的には、エクソソームの関与が頭をよぎりました。