JT生命誌研究館の顧問をしていた時、九州大学から来た奨励研究員の有本さんは、私が知る唯一のアリに魅せられた研究者だが、私のように種にこだわらず過程に興味を持つのと違い、アリの全てを対象にするという強い意志を感じたのを覚えている。ともかくアリに対する深い知識と愛情を感じることが出来る。
今日紹介するロックフェラー大学からの論文は、アリのサナギが分泌する栄養豊富なミルクのような分泌液についての研究で、読みながらずっと有本さんのことを思い浮かべるほどマニアックな研究で、11月30日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「The pupal moulting fluid has evolved social functions in ants(サナギの脱皮液がアリでは社会機能を獲得するよう進化している)」だ。
アリの巣の中には、卵、幼虫、サナギ、成虫と様々なステージが混在している。基本的に成虫は、羽化前の全てのステージのケアに当たるのだが、各ステージでケアは違うはずで、巣全体のケアがどう組織化されているのか、よくわかっていない。
この研究では、巣から取り出したサナギが、メラニンができ始める頃から、体液の分泌が亢進し、お尻に水玉が分泌される現象に着目している。というのも、巣の中にいるサナギでは、このような分泌液の存在はほとんど確認されない。しかし、巣から取り出したサナギでは、この液を除去しないでおくと、感染してサナギは死滅する。一方、毎日この液を拭ってやると、サナギは正常に羽化することが出来る。
以上の結果は、巣内ではこの液が何らかの形で清掃処理されていることを示すが、サナギの液を色素で標識すると、実際、成虫の消化管内に色素が見られることから、貪食されて処理されることに気づいている。
これだけでも素人はなるほどと思うのだが、成虫が食べるだけのためにこの液が使われているようにはプロには思えないようで、巣内でサナギが液を分泌する時期と幼虫が成長する時期とが常に一致することに着目し、この液が幼虫の成長に使われるのではないかと考えた。
まず、分泌液の成分を見ると、サナギが羽化するときに使われる液とほぼ同じ成分で、蛋白質と糖鎖が分解された栄養やホルモンを含んでいる。そこでサナギに色素を注入して分泌液を標識してから巣に戻すと、幼虫の消化管にも色素を確認できることから、幼虫の餌として使われているのではないかと着想している。
そこで、成虫、サナギ、幼虫、そしてエサを組みあわせて行動実験を行うと、成虫は幼虫を常にサナギの方に向ける動作を繰り返し、これにより幼虫は分泌液を得ることが出来る。しかも、エサだけ与える場合と比べると、遙かに成長が早い。
以上の結果は、アリは、巣の中での成長プロセスをうまく同期させることで、エサが必要なくなったサナギの羽化液を進化させ、幼虫のためのミルクとして使っていることがわかった。
最後にこのような羽化液の進化は、多くの社会性を持ったアリに見られることを示している。結果は以上で、ただただその巧妙さに驚くとともに、アリ研究のプロの視点に感心した。
アリは、巣の中での成長プロセスをうまく同期させることで、エサが必要なくなったサナギの羽化液を進化させ、幼虫のためのミルクとして使っている。
imp.
サナギ→幼虫と’正のフィードバック’!
種の生存確率が、より高まります。