ほとんどの細胞は単独で発生も維持も出来ない。即ち、様々な細胞との相互作用の結果として存在している。これまで、ある特定の細胞の発生から成熟過程でどの細胞と相互作用しているのかは、時間時間で組織セクションを作成し、近くにある細胞の種類を丹念に特定する以外の方法は限られていた。例えば、細胞膜に酵素を発現させ、その作用でコンタクトした細胞をラベルする方法や、細胞内に侵入できる蛍光分子を分泌させ、コンタクト細胞を標識することも行われているが、実際には、追跡可能な時間は限られていた。
今日紹介する上海科学技術大学からの論文は、リガンドと結合すると細胞内ドメインが切り出されて転写を誘導する Notchシグナルの特徴を利用して、細胞間相互作用の現場や歴史を記録する方法を開発した研究で12月2日号の Science に掲載された。タイトルは「Monitoring of cell-cell communication and contact history in mammals(哺乳動物での細胞間コミュニケーションとコンタクトの歴史をモニターする)」だ。
Nochはリガンドと結合すると、γシクレターゼにより細胞内ドメインが切り出され、核に移行して転写を誘導する。この研究では、この Notchの γシクレターゼで切断される領域を残して、細胞外は GFP に弱く結合するナノボディー( H鎖しか持たないラマで誘導した抗体)、細胞内ドメインを、テトラサイクリン transactivator に置き換え(人工Notch )、これが切断されると核内で標識に用いられる様々な分子が発現し、GFPを発現した細胞とコンタクトした場合は、それが一時的に、あるいはパーマネントに記録できるシステムを作り上げている。
この研究はなかなか絶妙で、局所にとどまるように見えながら、実際には様々な臓器へ移動できる血管内皮細胞を対象として追跡実験を行っている。
最初の実験は、発生過程の心筋細胞に GFP (リガンドになる)を発現させ、血管内皮に人工Notch を発現させ、コンタクトしている間だけ LacZ が発現できるようにすると、見事に心筋細胞とコンタクトしている血管内皮だけが LacZ を発現しているのが観察できる。試験管内の実験から、大体4時間前後コンタクトが維持されれば遺伝子発現をオンに出来る。
以上は、コンタクトの現場を調べる実験だが、人工Notch で Creリコンビナーゼが発現するように変えると、今度は一度コンタクトした細胞をパーマネントにラベルすることが出来、心筋細胞とコンタクトした血管内皮細胞が、心臓にとどまるのか、あるいは体中に広がるのかを確かめることが出来る。
結果は私には驚くべきもので、まず心臓弁の間質細胞が血管から出来ることが明らかになる。すなわち、血管が間質細胞へとスイッチする。発生時期に血管内皮から血液が直接発生することを京大時代に証明したが、なんと間質も血管内皮から出来るとは想像しなかった。
また、心筋とコンタクトした血管内皮は体内の様々な場所に移動して血管内皮として働くことも示されている。驚くことに、成体の肝臓の実に20%が心筋細胞とコンタクトした細胞から出来ていることには驚く。
同じ実験を今度は GFP が発現したガン細胞を移植して行うと、血管内皮がガン細胞に直接触れてラベルされ、ガンの増殖に呼応しガン内血管新生を行うとともに、その後ガンの周りの結合式カプセルが形成されるとき、ガンから移動して、カプセルの血管を形成することもわかった。おそらくガン治療を考える上でも重要な結果だと思う。
さらに、人工Notch を身体の全ての細胞で発現させ、GFPの方を特定の細胞で一定期間だけ発現させると、その場所でその細胞とコンタクトした細胞の全てをラベルすることが出来る。逆に、特定の細胞で GFP が発現しているとき、人工Notch だけ特定の細胞や時期で誘導すると、今度はそのときコンタクトしている側の細胞を追跡できる。
Notch を使うと着想したのがこの研究の全てで、方法の真価は今後様々な系で利用されることで明らかになると思う。とはいえ、血管内皮の移動性や分化のスイッチについて証明したのは面白い。これまで、血管内皮を用いる再生治療などが提案されてきたが、そのメカニズムについても明らかになるかもしれない。
1.心臓弁の間質細胞が血管から出来る。
2.心筋とコンタクトした血管内皮は体内の様々な場所に移動して血管内皮として働く.
3.成体肝臓の実に20%が心筋細胞とコンタクトした細胞から出来ている.
Imp.
生体内細胞動態の追跡です。
『超生物学』(羊土社)
https://www.yodosha.co.jp/yodobook/book/9784758122528/