様々なモデル動物の実験システムを確立したことが20世紀後半から始まる生命科学の大躍進の要因の一つだが、そんな中でも苦労をいとわずそれ以外の動物で行われた研究は、意外性が多く学ぶところが多い。
今日紹介するカナダ・カルガリー大学からの論文は、なんとトナカイを用いた皮膚再生に関する研究で12月8日号の Cell に掲載された。タイトルは「Fibroblast inflammatory priming determines regenerative versus fibrotic skin repair in reindeer(線維芽細胞の炎症方向への分化方向付けが、皮膚再生で再生か線維化かを決める)」だ。
12月にトナカイの論文が掲載されると、Cell の編集者の意図的な仕業かなどと勘ぐりたくなるが、これまで生命科学に関わってきても、トナカイを用いた実験研究論文を読む機会はなかった。
この研究では、毎年生え替わるトナカイの大きな角を覆う皮膚と、背中の皮膚で損傷後の再生を比べたとき、角の皮膚では完全な再生が起こり、毛根や汗腺が再構成されるのに、背中では私たち人間の皮膚と同じで、線維化が進み瘢痕化し、毛のない組織が出来てしまう違いの背景を追求している。
角の皮膚を背中に移植する実験から、移植後60日ぐらいは、再生能力が維持されることを確認した後、この背景の細胞学的差異を Single cell RNA sequencing で調べている。
膨大な実験が行われているが、損傷前の最も大きな差は、線維芽細胞で見られること、また損傷を加えると、どちらの皮膚の線維芽細胞も一度再生力の強い細胞へと収束するが、2週間目には異なるタイプの線維芽細胞へと戻っていくことを明らかにしている。
この差を決めている遺伝子発現パターンを解析すると、角の皮膚では再生に関わる様々な遺伝子の発現が高い一方、炎症に関わる遺伝子は抑制されている。これに対し、背中の皮膚の線維芽細胞では、この逆のパターンが見られることを明らかにしている。
さらに、再生能力のある人間胎児の皮膚や、大人の皮膚の線維芽細胞についても遺伝子発現を調べて比べると、再生能力と炎症誘導能力のバランスが、皮膚完全再生を決めていることがわかる。
機能的にも、背中の皮膚線維芽細胞ではマクロファージや白血球の遊走を誘導する活性が強い。そこで、single cell RNA解析の結果から白血球遊走に関わる因子、及び再生に関わる因子をリストアップして、背中の皮膚の再生を角型に変化させるための介入方法をリストしている。
実際の実験では、リストされた中からマクロファージの増殖に関わる CSF1 と様々な細胞の遊走を誘導するケモカイン受容体 CXCR4 を、塗り薬で阻害する実験を行い、どちらの阻害でも、毛根を持った皮膚が一定程度回復することを示している。
結果は以上で、トナカイの角を覆う皮膚の研究から、完全な皮膚再生のヒントが得られたことは、大きなクリスマスプレゼントと言っていい。ただ、ヒトやマウスで同じような実験が行われておらず、この結果をそのまま私たちの皮膚でも利用できるのかはわからない。とはいえ、モデル動物以外に目を向けることの重要性、また現在の様々なテクノロジーが、モデル動物でなくてもかなり詳しい解析を可能にしていることがよくわかった。
再生能力と炎症誘導能力のバランスが、皮膚完全再生を決めていることがわかる。
imp.
トナカイが運んできた、クリスマスプレゼントですね!