先日、試験管内での体節形成に関する京大からの論文を紹介したとき、同じ時にハーバード大学のこの分野の大御所Pourquieグループが同じ内容の論文を発表していることを言及した。その大御所の研究室から、続けて体節形成で発生する周期性の時間差について徹底的に検討し、その背景にある代謝システムの変化を突き止めた研究が1月4日 Nature にオンライン掲載された。さすがの着眼点と思える仕事で、タイトルは「Metabolic regulation of species-specific developmental rates(発生速度の種の違いは代謝が調節している)」だ。
多能性幹細胞が培養できるようになって、試験管内でも細胞分化のスピードがヒトの細胞では極めて遅いこともよくわかってきた。発生に、マウスは20日、人間は300日発生にかかるから当然だろうと済ましてきたのだと思うが、体節形成のように直接時間が関わる現象を観察していたPourquieにとってそのまま済ますわけにはいかなかったのだろう。
この前紹介したように、体節形成の波に見られる時間周期性は、presomitic mesoderm(PSM)細胞レベルで独立に存在している。すなわち、周期性は細胞の中で発生している。その周期をヒトとマウスで比べると、マウスの方が周期が半分になっている。
この周期の違いが、それぞれの細胞のもつ代謝特性を反映していると仮定し、周期を調節する過程を徹底的に探ったのがこの研究になる。おそらくこの分野の専門家の意見を元に、様々な可能性が検討されている。まずPSM細胞内の物質量で調整した代謝レートがマウスで高く、さらにミトコンドリアの数もマウスが高いことを確認した後、ミトコンドリア電子伝達系の阻害剤などを用いた実験から、最初想定されたATPではなく、重要な電子伝達系NAD/NADH比が体節形成周期に強く関わり、細胞内でのNAD量を高めると、周期を早めることが出来ることを示している。
最後に、このNAD産生の差がどこから来るのかを調べ、蛋白質合成の差が、NAD合成活性の差につながる可能性が高いことを示している。実際、細胞内質量あたりの転写量を調べるとヒト細胞はマウスの6割程度に抑えられている。
以上が結果で、実際には圧巻の代謝実験についてはすっ飛ばしたが、周期の時間差を説明するのに成功している。おそらく、同じことは他の細胞系列の発生でも言えるのではと思う。今後、様々な分化系を比較する実験が行われ、試験管内での発生を早める培地なども開発されるだろう。
しかし、NAD/NADHのバランスは、ガン細胞の増殖、さらには老化でも鍵になることが知られている。とすると、必要に応じて、生物の時間がこのようにコントロールされていることになり、新しい分野が広がる気がする。
ATP量ではなく、NAD/NADH比が周期に強く関わり、細胞内でのNAD量を高めると、周期を早めることが出来ることを示している。
imp.
NAD/NADHのバランスが、細胞時計の源になっているとは!