アルコールデハイドロゲナーゼ(ALDH2)の多型は、一般の人にも最も有名な多型ではないだろうか。エタノール由来アセトアルデヒドを酢酸へと分解してくれる酵素で、これがないとアセトアルデヒドが除去できない。なぜか我々日本人には分解できないアレル2 (ALDH2*2) の頻度が高い。遺伝子検査屋さんでは、ALDH2 多型検査をアルコールに弱いかどうかを調べる検査として宣伝しているが、本当はアルコールに弱いだけでなく、食道がんや心臓血管障害の原因になることが知られている。
アセトアルデヒドのせいかと単純に考えていたが、今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、iPS 細胞由来の血管内皮を用いて、ALDH2 が血管障害を誘導する仕組みを明らかにし、さらにその治療薬の可能性まで示した、日本人にとっては重要な研究で1月25日 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「SGLT2 inhibitor ameliorates endothelial dysfunction associated with the common ALDH2 alcohol flushing variant(SGLT2阻害剤はアルコールフランシング反応を示すALDH2の変異による血管内皮障害を正常化する)」だ。
この研究では、ALDH2*2 を片方の染色体に持つアジア人から iPS 細胞を樹立、血管内皮を誘導して、正常人由来 EC 細胞と比較して、活性酸素が高く、NO が低下しているうえに、血球との接着が高まって炎症リスクが高いことを明らかにする。そして、この変化は細胞をエタノールで処理すると、増強される。
この原因を探ると、いくつかの異常が ALDH2*2 と関連して見られるが、AKT 経路の活性低下が ROS を高め、NOS を低下させていること、そして AMPK、NFκB が高まることで、炎症状態が誘導されていることがわかった。
当然アルコールを摂らないということが重要だが、以上の結果は血管内皮での AKT の下流分子や、炎症を抑える薬剤は、ALDH2*2 の血管内皮異常治療には極めて重要な開発目標になることを示している。
さらに、NOS、ROS、炎症を指標に、iPS 細胞由来血管内皮細胞異常を治せる化合物を探索し、驚いたことに、empagliflozin、canagliflozin、 そして dapagliflozin の3種類のグルコーストランスポーター(SGLT2)阻害剤が、ALDH2*2 血管内皮異常を正常化できることを示した。
これは驚きで、私も服用しているが SGLT2 阻害剤は腎臓の尿細管にしか発現していないと考えられているからだ。そこでこの効果のメカニズムを調べると、血管内皮に SGLT2 が発現しているわけではなく、SGLT2 阻害剤が、Na/H の相互的運搬に関わる NHE1 分子も阻害することを発見する。
もともと NHE1 は血管内皮の細胞内 pH 調節を通して活性酸素を合成することが知られており、これが ALDH2*2 と合わさることで、より高い内皮細胞ストレスを誘導していたと考えられる。GLT2 阻害剤は細胞内 pH を低下させることで、この効果を抑えることが考えられる。実際、SGLT2 阻害剤で血管内皮を処理すると活性酸素を抑え、NO 産生を高めるが、これが AKT 経路を介していることも明らかにしている。
以上が結果で、SGLT2 阻害剤 dapagliflozin を服用している私は、SGLT2 阻害剤が血管内皮に作用するというタイトルを見てちょっと驚いたが、読み終わって考えると、ブドウ糖の再吸収を阻害するだけでなく、血管内皮をストレスから守り炎症を抑えることを理解し、胸を撫で下ろした。なかなか面白い研究だと思う。
血管内皮にSGLT2が発現しているわけではなく、SGLT2阻害剤が、Na/Hの相互的運搬に関わるNHE1分子も阻害する.
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SGLT2も多様な作用点を持つ‘魔法の薬‘になるか?!