ここでも何回か紹介したが、妊娠時に飢餓やダイエットで低栄養にさらされると、胎児や、時によっては孫の代まで様々な代謝異常が起こる事が知られている。この現象は、最初第二次世界大戦中にアムステルダムで飢餓にさらされた妊婦さんから生まれた子供の追跡調査によって初めて認識されるようになったが、現在では動物モデルでも確認され、基礎的研究が可能になっている。特に中年以降の糖尿病が増加する事から、糖尿病研究にとっても重要な課題として研究が続けられて来た。今日紹介するミシガン大学からの研究もこの様な基礎研究で、妊娠時低タンパクにより胎児側に誘導される変化を担う犯人分子を探索する研究で、オンライン版のJournal of Clinical Investigationに紹介されている。タイトルは、「Maternal diet-induced miroRNAs and mTOR underlie β cello sysfunction in offspring (母親の低栄養により誘導されるミクロRNAとmTOR分子が子供のβ細胞異常の基礎になっている)」だ。この研究では、一般的低栄養ではなく、低タンパク食に焦点を当てて研究し、これによって胎児側で起こってくる代謝異常の犯人探しが行われている。詳細は全て省くが、妊娠時低タンパク食で育てられた妊娠マウスから生まれた子供は大人になってもインシュリンの産生が低く、グルコース負荷にうまく対応できない。この異常の分子原因を調べて行くと、インシュリン遺伝子自体や膵臓β細胞分化・維持に必須の転写因子Pdxの発現が低下している。これらの異常の原因を更に遡ると、栄養など細胞外の環境と細胞内の代謝システムを統合している鍵となる分子mTORの発現が低下している事を突き止める。更にこの低下の原因を探ると、この分子のタンパク質翻訳を調節しているミクロRNA(microRNA-199a-3p)が今度は上昇している事を突き止めた。このミクロRNAは特定のセットの遺伝子がRNAからタンパク質へと翻訳される過程を抑制する分子で、今回特定されたミクロRNAはmTOR遺伝子調節に関わる事がわかっている。なぜこのミクロRNAが胎児で上昇するのかについてはまだ明らかに出来ていない。おそらくミクロRNAの発現を抑制しているエピジェネティックな機構が低タンパクにより変化し、ミクロRNA発現が上昇、それが次にmTORの発現を押さえると言うシナリオの可能性が高い。研究では、妊娠末期に短い期間mTORの機能を回復させるだけで、子供の異常が軽減される事を示しており、将来の診断と治療へ向けた研究の糸口が得られたと評価できる。実際、生命科学の知識がある者にとってこの異常の原因がmTORに集約して来たと言う事実は、最も正当な分子に落ち着いたと言う印象が強く、極めて納得の結果だ。このように、臨床、基礎、臨床と言う研究のサイクルがうまく回って、生活習慣による病気を予防できるようになる事を期待する。このトピックスを取り上げたときは必ず叫ぶ事にしているが、妊娠中に無理なダイエットをする事は間違ってもしないようお願いしたい。
妊婦の低栄養
→
ミクロRNA(microRNA-199a-3p)が上昇
→
細胞外の環境と細胞内の代謝システムを統合するmTOR低下