今日は、2月に発表されたが見落としていたパストゥール研究所から Cell Genomics に掲載された論文を紹介する。タイトルは「Genetic adaptation to pathogens and increased risk of inflammatory disorders in post-Neolithic Europe(新石器時代以降の病原体や炎症リスクの増大に対する遺伝的適応)」だ。
脳を発達させて様々な環境に適応してきた人類に対して最も大きな選択要因になったのが感染症と言える。昨年10月、ペスト大流行前後で埋葬された人骨のゲノムからペストという選択圧によりゲノムに残された変化を調べ、間違いなく細菌感染抵抗性のSNPが上昇していることを示した論文を紹介したが(https://aasj.jp/news/watch/20803)、人間のゲノムにはこのような感染症との戦いの歴史が残されていることは間違いがない。
ただ、ペストのように歴史として記録が残っているイベントは、選択を容易に調べることが出来るが、歴史記録が残っていない時代の感染症に対する人間の戦いの後を調べることが出来るのか?
まさにこの課題にチャレンジしたのが今日紹介する論文で、発表されて2ヶ月以上たっているが紹介することにした。
この論文は新石器時代以降、ヨーロッパ先史時代の2400近いゲノムデータを集め、500の現代人ゲノムと比較している。ヒトゲノム解読が終わった後、1000人ゲノムプロジェクトがスタートしたが、まさに10年一昔で、今や先史時代の2500近いゲノムを調べられることに感動する。
さすがにこのレベルの数のゲノムがあると統計学的な検討が可能になり、まずこの1万年で明らかにpositive selectionが起こったと思われる多型をリストアップすると、選択度の強かったトップ102遺伝子は、抗原提示を含む免疫機能に関わっていることがわかる。面白いのはコロナ感染の時に問題になったABOに関わるSNPで500年以降その割合が1. 8倍近くになっている。
では、いつからこのような変化が起こったのかを様々な遺伝子で見ると、ほとんどが新石器時代以降、5000年ぐらい前から始まっていることがわかる。おそらく、人口が増え、人の移動が増えた結果ではないかと思う。
蛋白質自体が変化するSNPも存在するが、ほとんどは遺伝子発現に関わる多型の変化で、同じくネアンデルタール人由来でコロナウイルス抵抗性に関わるとして問題になった、ウイルス増殖抑制分子 OAS1の発現を高めるSNPも、5000年前から急速に割合が増えている。
さらに、これまでのゲノム研究で血液細胞数を調節するとして知られるSNPを集めて計算するリスクスコアを使うと、この5000年で我々のリンパ球や白血球が上昇している一方、血小板や好酸球は減る傾向にあることなどもわかる。
感染症で見ると、良い方向に進んでいるように見えるが、この結果炎症性腸疾患など自然炎症に関わる多型は着実に上昇している。
では、ゲノムに残った変化から、先史の人類が遭遇したイベントを推定できるか?結核免疫に関わる遺伝子の変化をリストすることが出来るが、そのほとんどは2000年以降のイベントで、まさに人口増加と移動の増加とともに、選択されているのがわかる。
それぞれの遺伝子の機能まで調べているが割愛する。このように、古代ゲノムを様々な目で見るこで、われわれは人間の文明自体の人類ゲノムへのインパクトを理解できるようになる。おそらく現在我々が経験しているパンデミックは、飛行機という文明がもたらしたパンデミックとして、いつか研究されるのだろう。
古代ゲノムを様々な目で見ることで、我々は人間の文明自体の人類ゲノムへのインパクトを理解できるようになる.
Imp:
文明は人類により創造され、人類も文明により創造される!
指摘ありがとうございました。読んだのを忘れていました。何度見てもいい論文です。
はじめまして。
勤務医のT.M.と申します。
毎日楽しく勉強させていただいております。
本日ご紹介いただいた論文は1月17日にご紹介いただいたのと同一と思います。
現代病を包括的に理解する上で重要な内容と感じていたので思い出しました。
今後ともよろしくお願いします。
新しい論文紹介をアップしましたので見てください。
私もきずきませんでした。
1日1報、私には、かなりの情報量です。
世界的な研究者って、このハイスピードで様々なジャンルの論文読解を平然とこなす人々なんだと、感嘆しておします。
新しい紹介記事をアップしました。一日一報をなんとか守っています。